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スポーツ選手として結婚はしたほうがよいですか?

  • 女房はドーベルマン
  • ベスト・パートナーになるために 男と女が知っておくべき「分かち愛」のルール 男は火星から、女は金星からやってきた
  • スポーツの妻たち―爽やかな伴走者
  • カープの奥さま
  • ピカソとジャクリーヌ―その愛の叙事詩


選書 幅 允孝(ブックディレクター)

Profile

女房はドーベルマン

野村克也(双葉社)

野村克也というプロ野球選手は現役時代、その類まれな能力と成績、そして一時は選手兼監督までこなすという他に類を見ないすごい選手だった。通算試合出場数は日本プロ野球歴代1位(実働年数は歴代2位)、通算の安打、本塁打、打点、塁打数は歴代2位という驚きの記録も残している。そして監督としての活躍は、多くの人が知っている。そして彼は、野村沙知代夫人の夫であるということでも有名なのだ。
2001年に発覚した沙知代夫人の脱税事件と有罪判決を受け、野村は誤解多き妻の生涯を自らの野球人生と共に語ったのが本書。自分でも、他からも野村克也には野球しかないと言われるほどの男は、プロに入りぱっとしない成績が続いていた3年目のオフで、女性と初体験。その結果、4年目に正捕手として全試合出場、3割、30本を記録したという話しは、女を知ることとスポーツの関係性を考える良いサンプルかもしれない。
沙知代夫人は、夫が選手として監督としてコーチとしてどんなに調子が悪かろうと「考えたって、なるようにしかならないんだから。元気出しなさいよ」という具合なのだ。彼女は夫と共にいれば常に何とかなると信じていた。“ドーベルマン”と例えるほど、彼女の怖さと傲慢さを自覚しながら、そこには愛があるのだ。野村家唯一のルールは、どこにいようとも寝る前に電話を一本いれて、一声かけることなのだそうだ。生きていれば大丈夫、そんな安心感は他にない。

ベスト・パートナーになるために

男と女が知っておくべき「分かち愛」のルール 男は火星から、女は金星からやってきた

ジョン・グレイ 大島渚訳(三笠書房)

サッカー選手を続けるうち、誰もが一度は挫折を経験するのではないだろうか。スタメンになれない、ケガが完治しない、チームが勝てない、点が獲れないなどなど…、あげればキリがない。そんな時に支えてくれるパートナーがいるかどうかはとても大きな違いになるだろう。でも、ここで知っておかなければいけないのは、男と女は違うということだと本書は言う。それを踏まえて、妻は夫を支えることができれば、その選手はもう一段上にいけるかもしれない。
「男の自信は"女のひと言"でどうにでもなる」という章にはこんなことが書かれる。“男性がもっとも恐れているのは、自分は力量不足で、彼女にはふさわしくないのではないかということである。彼は、その恐怖心を取り除くために、自分の才能や力を磨くことに専心するだろう。成功、目的達成、能力向上こそが彼にとって人生最大のテーマなのである。”成功した男性スポーツ選手というのは、男の中でも慢心せず、努力を惜しまない稀有な存在だが、結局は男なのだ。パートナーだからできること、もしくはこうしてはいけないというステレオタイプの多くは、この本が生んだとも言えるかもしれない。“女の感情を逆なでする男の決まり文句”、“女性が良かれと思って言っている言葉が男を傷つける”。非日常のスポーツと日常を上手に繋ぐ、パートナーであるために。

スポーツの妻たち―爽やかな伴走者

中井美穂(マガジンハウス)

日本一の捕手としてヤクルト・スワローズ一筋で活躍した古田敦也。その妻にして、元フジテレビのアナウンサーであった中井美穂が、野村沙知代夫人をはじめ、競輪、ボクシング、ヨットなど実にさまざまな男性スポーツ選手の妻に焦点を当てたインタビュー集。
多くの人に共通しているのは、夫の決断に対して全幅の信頼を寄せ、静かに寄り添うという在り方をしていることだった。人によってはあなたの後ろを付いていきますという風に、人によってはやや突き放したかたちを取りながら。網膜剥離でボクサー生命の危機に瀕した辰吉丈一郎にるみ夫人は、“別にあんたがやりたいならやれば”と突き放した後、“自分が好きで、自分のプライドのためにやってんねんから、生活がかかってるとか家族のためにやってるとかそういうことを思わず、自分のために闘ってくれればいい”と、ボクサーを仕事としてではなく、辰吉の生き様として支えていく覚悟を強く感じさせる言葉を残している。
サッカー選手では柱谷哲二のまさ子夫人とハンス・オフトのマリヨ夫人の二人が登場している。柱谷はオフト監督時代のキャプテン。オランダサッカーを日本に伝え、日本サッカーに大きな足跡を残したオフトは、当時ブラジル人であるラモスや福田と衝突が絶えなかった。柱谷は間に挟まれながら、妻に相談はしなかったという。何も相談してくれない夫に付いて行くことは、ある意味では不安で困難なことでもある。支える気力と静かに待つ耐性、妻は大変だ。

カープの奥さま

月刊ホームラン編集部(ザメディアジョン)

スポーツ選手の奥さんはキレイだとよく言われるが、たしかにみなさんキレイである。広島カープファンにはたまらない選手たちのプライベートまでが嫁たちの口から語られていく。上で取り上げた『スポーツの妻たち』に登場した嫁たちと違うのは、静かに寄り添い付いて行くのではなく、時に叱咤激励しながら、時に強い口調で伝えながら共に歩いてきたところ。
投手の篠田純平と結婚した智子夫人は、お腹に赤ちゃんがいる時期、調子が優れず悩む夫に対し、「あなた何言ってるの? しっかりしなさい。次にがんばるしかないじゃない」と叱り、「私だから言えるのよ。私の人生とこの子の人生は、あなたによって決まる。あなたと私たちは一心同体なんだから」と言ったという。外野手の廣瀬純の桃子夫人は、レギュラーに定着出来ず8年目を迎えていた廣瀬に「転職したら?」「若い選手が活躍してきたからもうダメだよ」とも言ったが、彼はその言葉により続けることを決意する。内野手、栗原健太の聖良夫人は、素人コーチとして気になったことを伝えている。
これが野球選手の妻だ、というような型はない。ひとりひとり違う人間の選手がいて、違う奥さんいる。それだけだ。あらゆる方法が正解で、あらゆる方法が間違いでありうる。野球選手の妻は年上が多いというのは、よく言われることだ。実態がどうかはわからないが、それがよいとされる空気も世間的には作られている。長い時間をかけて確立されたプロ野球と、20周年のJリーグ。スポーツと夫婦関係に相関関係はあるのだろうか。

ピカソとジャクリーヌ―その愛の叙事詩

デイヴィッド・ダグラス・ダンカン(造形社ジャパン)

ジェルメーヌ・ガルガーリョ、フェルナンド・オリヴィエ、エヴァ・グエル、ギャビー・レスピナス、オルガ・コクローヴァ、マリー=テレーズ、ドラ・マール、フランソワーズ・ジロー、ジャクリーヌ・ロック。こうした女性たちと付き合ったピカソは、例外なくすべての女性の絵を描きました。この写真集に収録されているのは、数々の女性と浮名を流したピカソの最後を看取った、二番目の妻ジャクリーヌとピカソの姿。1961年ピカソが80歳の時、46歳差婚という、親子もしくは孫と言ってもあり得てしまうようなカップルが誕生した。ピカソが73年、92歳で亡くなるまでの12年間、ジャクリーヌは妻としてだけでなく最後のミューズとしてのピカソの創作意欲の源泉ともなりつづけた。
ピカソにとって、生きること、女性を愛すること、絵を描くことが分かちがたく不可分なこと。芸術を創造するピカソは、帝王のように創作に対して振舞ったけれど、彼が大事にしたのは創作における自由とジャクリーヌへの愛だったのだ。ジャクリーヌは、ピカソの絵のためにポーズを取ったことは一度もないという。共に住み、共に食べ、共に寝、共に起き、共に呼吸をする。ただそれだけがピカソの創造を刺激した。妻が創造性溢れる夫にたいして寄り添える最も純粋で、最も穏やかなかたちがここにはある気がしてならない。

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幅 允孝(はばよしたか)

BACH(バッハ)代表。ブックディレクター。
国立新美術館ミュージアムショップのスーベニアフロムトーキョーやTSUTAYA TOKYO ROPPONGI、LOVELESSなどにおける本のディレクションや、d-labo(スルガ銀行ミッドタウン支店内)などのライブラリー・ディレクションを手掛ける。ほか、編集、執筆、ディストリビューション等、本周りのあらゆる分野で活動中。最近では、渋谷のSHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERS、銀座のHANDS BOOKSがオープンしました。
BACH : http://www.bach-inc.com

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