今、日産スタジアムにいます。

竹田聡一郎コラム 日々是蹴球

カメラ/FinePix S100FS 提供/富士フイルム株式会社

竹田聡一郎(たけだそういちろう)

Profile

第百十二試合

直樹のボール

Jリーグ最終節はF・マリノス×大宮を観た。鹿島、ガンバ、セレッソのACL出場権と、仙台、FC東京、神戸の降格争いがあったので、その当該6試合を携帯とPCで速報チェックしながら(最終節はキックオフがどの会場も同時刻)という、ややせわしない観戦だった。だからNISSANスタジアムにつめかけた記者の中には8位F・マリノスと13位大宮とのゲームを「こんなん消化試合だ」と乱暴に携帯片手に断定してしまう人すらいた。でも実際にはそんなことはまったくなかった。というのも来季、F・マリノスは永くチームを支え続けたミスターマリノス・松田直樹を筆頭に6選手と契約を更改しないことを決定し、この日はマリノスでのラストマッチとなった。スタメンにこそ名を連ねていないが、後半開始からベンチ裏でずっとアップを続け、サポーターも記者もずっと彼を見つめていた。
 
松田直樹の才能や経歴、代表での活躍は誰もが知っていると思うのではしょっていくが、彼の自叙伝『闘争人』(三栄書房)のオビには「Jリーグ最大の問題児」と自称しているとおり、試合中に相手フォワードをブン投げたり、接触した選手に「やるよ、やっちゃうよ」と恫喝したり、自陣で臆病なパス交換を繰り返す相手チームに向けて「来いよ、攻めてこいよ」と涙ながらに挑発したり、プロレスみたいな人だ。キャッチーかつムキ出しである。やたら賢しげで「修正」とか「バランス」とか「ポゼッション」とか判で押したような優等生コメントばかりするアスリートが増殖する中で、貴重である。僕は好きだ。尊敬している。
 
特に印象的なのは02年のW杯で日本代表を捉え続けたドキュメンタリー『六月の勝利の歌を忘れない』の中で、高いディフェンスラインを保つフラットスリーを信条とするチームコンセプトにありながら「時にはラインを下げて守る時間も必要だ」とディフェンス陣で戦術を確認する場面だ。松田は「でもさ、勝手にライン下げるとアイツ、うるせーじゃん」と言い放った。アイツとは赤鬼なのか旅人なのか定かではないが、それを聞いて「この人、サッカー小僧だ」となんだか嬉しく感じたのを覚えている。ゆっくりインタビューする時間があれば、アイツの真相を聞き出したいと思っている。後半、65分過ぎ。交代枠が残り1となっていることもあり、松田以外のサブの選手がアップをやめた。83分30秒で背番号3が最後のピッチへ向かう。アルディージャ、坪内秀介の先制ゴールより、マリノス、小野裕二の3人抜きより、大きな大きな歓声がスタジアムに轟く。はっきりいってこの日、彼はたいしたプレーはしていない。
 
それでもゴール裏は「ナオキ」と歌うことはやめない。ミスをしても転んでも、スタンドは彼を惜しんだり、悲しんだり、愛したり、多くの感情を訴え続ける。しかし、どんな物事にも永遠はない。惜別の時間はあっという間に終わってしまった。試合後、サポーターに挨拶をする。「トリコロール以外のユニホームを着ないでくれ」という声が多かったようで、彼は涙をこらえて言う。「もう何言ってっか分かんないけど、ただ、マジ、オレ、サッカー好きなんすよ。もっとサッカーしたい」僕の隣に座っていた女性がそれを聞いて泣き崩れた。ナオキの直弟子・マリノスの愛すべきいじられキャラである天野貴史は感謝してもしきれないという。「高校生の頃から、プロに入ってもこんな下手クソな僕に『いいもん持ってるから』と言い続けてくれた。マツさんと対戦?まだ想像できないけど、敵には回したくないですね。でも、いいパフォーマンスをして勝つこと。それがいちばんの恩返しなのかなあ」マツさん、マツダ、問題児、ナオキは現在、33歳。
 
「まだヤングです。え、カズさん決めたの?それ考えるとまだまだサッカーできますね」だそうだ。そのKINGカズはサンガ時代、32歳で「まだまだ(サッカーが)うまくなると思ってる」と語っていたことがある。周知のとおりカズはまだ走りスコアし踊っている。きっと彼もカッコ悪く泥臭く愛されあがきながらボールを蹴るのだろう。ああ、松田直樹に幸あれ。

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竹田聡一郎(たけだそういちろう)

1979年神奈川県生まれ。同い年の小野伸二にヒールで股抜きされたことを妙な自慢としながら、フリーランスのスポーツライターとして活動。戦術やシステムを度外視した「アンチフットボールジャーナリズム宣言」をして以来、執筆依頼が激減したのが近年の悩み。著書に蹴球麦酒偏愛清貧紀行『BBB』(ビーサン!! 15万円ぽっちワールドフットボール観戦旅/講談社文庫)と、このコラムを書籍化した『日々是蹴球』(講談社)がある。

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