いま、千曲川リバーフロントスポーツガーデンにいます。

竹田聡一郎コラム 日々是蹴球

カメラ/FinePix S100FS 提供/富士フイルム株式会社

竹田聡一郎(たけだそういちろう)

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第百九十二試合

パルセイロのボール

AC長野パルセイロというチームがある。1990年に活動を開始した長野エルザサッカークラブを母体とし、地域に密着し愛されるスポーツクラブを目指し活動しているのだが、詳しくはチームのHPを参照されたし。

今季からこのチームにスポーツディレクターとして招聘されたのが、アダチさんこと足達勇輔氏だ。ここでも何度か勝手に書いたが、僕にサッカーの難しさや厳しさを教えてくれた人で、尊敬しすぎていて話すのは緊張する。トレーニング、見学に行ってもいいですか? とメールを差し上げると「歓迎します。スパイクを忘れないように」と返信をもらった。聞けばU-13の指導も兼任しているようで、彼らのトレーニングに参加させてもらえるらしい。20年前、僕が初めてアダチさんの指導を受けたのも13歳の時だった。少年団を前に、蹴って走って決めるサッカーとは違う、頭を使うサッカーを求められて知恵熱を出したのをよく覚えている。

しかし、20年前も今も、トレーニングそのものはいたってシンプルだ。例えば4対2のボール回しでも「ボールを受けるのは遠い足」という約束事を徹底しているだけで、あとはみんな自由にアイデアを出しながらボールを扱う。「サッカーは変わっているようでベースはいつでも同じ」というのは“アダチさんの金言その41”だが、続くランニングしながら30メートル先の味方に強いボールを入れるトレーニングでは、サッカーの基本であり極意であるインサイドキックの精度がいかに悪いか認識させられて、「ああ、自主練しなきゃ」と自然に思う。全体のトレーニングで気付かされて、自分で克服する。今思えば僕らはそれを繰り返してサッカーを吸収していった。今、一緒にボールを追っている将来のパルセイロを背負う彼らも僕らと何ら変わらないサッカー小僧の通る道を走っているのだろう。

30メートル先の味方からハードボールが届く。それを受ける体の角度、ランとトラップとキックのリズム、ちゃんとボールを面で捉えているのか、いくつか考えながらパスとランを繰り返す。まっすぐな強いキックができると、あるいはミスだったとしても意図が伝わる類のものであれば「OK、ソーメン。それを繰り返せ」と声をかけてくれる。ソーメンは当時の僕のアダ名だ。20年ぶりだけど、アダチさんに褒めてもらえるのは嬉しい。ボールは歩いてこないから2回褒められ6回ミスるくらいの、チータよりちょっと進捗が悪いのが僕のサッカーだ。僕も変わってない。

パスとランだけで、いつの間にか15分も経過していた。僕は当然ながら、息があがってきて、次第にランに力がなくなり、下を向いたり、腰に手を当てて足を止めたりする選手も出てくる。けど「弱いところ見せるな。ラスト3分、集中しよう」とアダチさん。決して怒鳴ったりはしないけど、いつも正論を投げてくる。13歳の僕は、時にそれが嫌で「うるせえな」と思ったことだって、正直、ある。練習をサボったことだって1回や2回じゃない。でもその「うるせえな」もエネルギーに昇華して、もっと正面からサッカーに向き合えば、ヤス君やコーヘーやモニのように大きな舞台でサッカーできたのかもしれないなあ、とゼエゼエと荒い呼吸でふと思った。

トレーニング終わりにキャプテンが「アダチ監督の教え子が来るっていうからどんな選手かと思ってましたが、ソーメンさんはサッカーがうまくて楽しかったです。また来てください」と言ってくれた。単純に嬉しいし、また来たいな、と思う。でもその反面、「ソーメン走れないから邪魔だよな」と言うくらい、もっともっとうまくなってほしいな、とも思う。そのためには知ったかぶり、分かったつもりにならないでアダチ監督に何でも聞いたらいい。アダチ監督は厳しいけれどとても優しい人だ。理解力の乏しく猿みたいに同じミスをやらかす僕らを決して見切ったりもせず「じゃあ、話してやるからウチに泊まれ」と言ってビデオを見せてくれたり、お願いすれば居残りのトレーニングにも付き合ってくれた。言葉は悪いかもしれないけれど、もっともっとアダチ監督を利用して貪欲にサッカーしてほしい。

トレーニングが終わり、飲みに連れていってもらった。アダチさんとビールを飲む日が来るなんて、なんだか不思議な感覚だ。トレーニングについて「シンプルなパス交換だけど、考えること一杯あるんですね」と率直な感想を言うと、「そうだね。ちょっとランを多めに入れたかったんだ。ただ走らされるだけじゃつまんないだろう? ああするとみんな積極的に走るからな」とのこと。てっきりボールハンドリングに重点を置いたメニューだと思っていたら、いつの間にか走らされていた。そうだった。この人は同時にいくつものこと、さらに人の2歩3歩先を考える人だった。

ほかにも、現代サッカーで多用される「フィジカル」という言葉の、強さスピードはもちろん、運動の持続性であったり方向転換、反転まで含めたディティールだったりを教えてもらった。長野が目指すべき、地域に誇りを持たせる文化としてのサッカーを語ってくれた。アダチさんは20年前と軸はなんらブレないけど、アップロードは毎日行われていて、何でも貪欲に吸収し、一方で無駄は極力省いているんだろうな、という印象を受ける。機会があれば、パルセイロのこと、アダチさんのことをしかるべき媒体で書いていきたいと思う。帰ったら企画書を書こう。

 

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竹田聡一郎(たけだそういちろう)

1979年神奈川県生まれ。同い年の小野伸二にヒールで股抜きされたことを妙な自慢としながら、フリーランスのスポーツライターとして活動。戦術やシステムを度外視した「アンチフットボールジャーナリズム宣言」をして以来、執筆依頼が激減したのが近年の悩み。著書に蹴球麦酒偏愛清貧紀行『BBB』(ビーサン!! 15万円ぽっちワールドフットボール観戦旅/講談社文庫)と、このコラムを書籍化した『日々是蹴球』(講談社)がある。

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