カカロニとヘディングのボール

竹田聡一郎コラム 日々是蹴球

竹田聡一郎(たけだそういちろう)

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第四百七十九試合

カカロニとヘディングのボール

今回のワールドカップ、ヘディングで軽くバズった男をご存知だろうか。
 
チアゴ・シウバやジェリー・ミナ、はたまた日本を沈めたヤン・フェルトンゲンとルアン・フェライニなんていう本当のスターではない。
 
カカロニ菅谷だ。若手芸人だ。ツッコミだ。
 
誰やねん、と思ったほとんどすべての方のためにおさらいしておく。
 
セネガル戦、1-1の同点で迎えた後半6分。右サイドから流れてきたボールを、セネガルの17番、パパ・アリウヌ・エンディアイエが振り抜いた。が、右足インフロントにかけるつもりだったのだろう。ふかした。ボールはエカテリンブルグのスタンドに打ち上がった。
 
そこで「オーッケイ」と言いながら、上半身半裸のサポーターがこのボールをヘディングで合わせた。何がOKなのかは分からないが、SNSなどでは「気合い入ったサポーターがいる」「けっこううまい」など話題になった。その男こそ、ここの第三百八十六試合「カカロニのボール」で紹介した菅谷直弘なのだ。
 
彼の人となりと残念なサッカー経歴は上記コラムで触れたので割愛するが、ともかく菅谷のヘディングはバズり、僕が書いたネット記事「ヘディングサポ、実は芸人だった」は累計100万PVを記録し、ヤフーのトップを飾った。
 
実は僕、サッカーがらみの記事でヤフトプを取ったのは初めてである。俺の大切な初めてがあんなんでいいのか、という疑問を持つ暇もなく、菅谷の姿は連日、ワイドショーなどで取り上げられた。まあ、いいことだ。
 
ただ、相方の栗谷の心境を察するとなんとも言えない部分もある。ライブやオーディションをぶっちぎって3週間もロシアに行くんだから、コンビの仕事にモロに支障がある。実際、セネガル戦で菅谷がヘディングした時、栗谷は「中野坂上の山内農場で後輩芸人であるポンループの鈴木と飲みながら観ていた」らしく、そいつはさらに誰やねんなのだがそれは今は置いておいて、とにかく「あいつが映った瞬間、正直、イラっとした」と教えてくれた。
 
それでもこの軽バズで、彼らにしてみれば1年分くらいの仕事が入ったので、「俺のお笑いとの向き合い方が間違ってたのか」と複雑な心中だったそうだ。
 
蛇足だが、そういうモヤモヤを払拭するため、栗谷はポーランド戦はバイト先のファミマのシフトを変更して渋谷に向かった。試合後、決勝トーナメント進出を喜んでいたら、事情を聞いた若者に何度も胴上げされて自転車の鍵を無くしたらしい。誰か彼にも愛と幸運を。
 
ともかく菅谷は現地で週刊誌やネットニュースやスポーツ新聞の取材を受けまくって謝礼も入ったので、滞在を延長しベルギー戦まで観戦して帰ってきた。自身のツイッターには「楽しくて、夢を見れて、日本人であることが誇らしい20日間でした」と総括していたが、言葉通りだろう。そのツイッターもフォロワーが激増して売れっ子ライター並だ。これをきっかけに芸人としても伸びていって欲しい。しばらく仕事も忙しいようだが、「落ち着いたらサッカーやって飲みましょう」と約束をした。楽しみだ。
 
サッカーというのは、W杯というのは、本当に色々なことが起こるなあと思った次第だ。ひょっとして4年後は彼は仕事でカタールに行けるかもしれない。夢がある。僕も仕事がなくなった時のことを考えてヘディングの練習だけは欠かさないようにしておこう。
 

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竹田聡一郎(たけだそういちろう)

1979年神奈川県生まれ。同い年の小野伸二にヒールで股抜きされたことを妙な自慢としながら、フリーランスのスポーツライターとして活動。戦術やシステムを度外視した「アンチフットボールジャーナリズム宣言」をして以来、執筆依頼が激減したのが近年の悩み。著書に蹴球麦酒偏愛清貧紀行『BBB』(ビーサン!! 15万円ぽっちワールドフットボール観戦旅/講談社文庫)と、このコラムを書籍化した『日々是蹴球』(講談社)がある。

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