いま、ドモジェドヴォ空港にいます。

竹田聡一郎コラム 日々是蹴球

竹田聡一郎(たけだそういちろう)

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第四百八十一試合

2018年ロシアW杯のボール

ヴォルゴグラードのファンフェストを背に、なにやら悪態をつきながら二人組のロシア人が出てきた。ちょっといかつい弥次喜多といった二人は、警備の人に止められると「チェリフシボポ、バドワイザー」(バドワイザー以外のロシア語はそう聞こえただけで適当)と言って、大股でどっかに行ってしまった。あとで聞くと、「(ファンエフェストの)ビールはバドワイザーしかない、しかもロング缶が不当に高い(200ルーブル/約360円)と怒っていたようだ。ロシアはロング缶がだいたい100円前後で買える。
 
変な話だが、僕はここで「ああ、ワールドカップだなあ」と強く実感した。4年前のブラジルでも、8年前の南アフリカでも、12年前のドイツでも、FIFAの公式の敷地内のビールはバドワイザー一択だ。開催国民は飲み慣れたローカルビールを、エトランゼは旅先の地酒を求めるのだが、それは叶わない。
 
余談だが、今回、ロシアの運営当局はワールドカップ期間中のバーベキュー、無許可集会、落書き、交通規制など様々な禁止事項を出していたが、その中に「ドローン禁止」もあった。
 
露マルチメディア「ロシアビヨンド」によると、「サンクトペテルブルクでは制限区域は100平方キロメートルで、モスクワ州の上空も厳しく監視される。違法なドローンに対処するため、国防省の特別チームが電子戦を展開する予定」とある。でも、ご覧になった方も多いだろうが、バドワイザーは尋常じゃない数のドローンをCM上の演出とはいえ飛ばしていた。スポンサーは神様でなんでもアリ、というのもやはり近年のW杯の傾向にあるのかもしれない。
 
そのW杯が終わってしまった。さみしい。
 
冒頭にバドワイザーのことを書いたけれど、別に文句をつけているわけじゃない。ただの事実で、それも含めてのコンペティションだ。彼ら巨大スポンサーがいないと開催できない祭典だ。
 
ただ今回は、試行錯誤と起伏と論点と摩擦が多い大会だったことは確かだ。VARがあってフェアプレーポイントがあった。良く言えば新鮮だったし、悪く言えば振り回された部分もある。でもそれもサッカーというシンプルで美しいスポーツの熱量を高めるためだと信じたい。
 
そして、実際に現地を歩き回った感想としては、南アフリカほど緊張感のある旅ではなく、ブラジルほどのお祭り騒ぎではなかった気がするものの、「悪くないな。いや、かなりいいな、ロシア」が総括だろうか。
 
僕は実はロシアという国、あるいはそこで生活する人々に対してはあまりいい印象は持っていなかった。やたらと広い国にいる、暗くて無愛想で頑固でよく分からない人たち。もちろん実際にそういう側面だってあるかもしれないけれど、無知を偏見にすり替えていた部分は否定できない。
 
でも、サランスクでモスクワで、エカテリンブルグでヴォルゴグラードでソチで、多くのロシア人と接して、様々な発見があった。
 
聞き取れない単語があると「アァ!?」と女の子ですらチンピラみたいなリアクションをするロシア人。彼らの舌打ちは相槌の意味を持つ。お釣りは投げてよこすし、何かにつけてタバコをねだってくるし、白タクは多いし、「バイバイ」のジェスチャーを「おいでおいで」の手招きでするので我々を混乱させる。
 
でも、慣れて来ると、実は朴訥で親切で面倒見のいい人々も、もちろん全員ではないけれど、たくさんいることを知った。
 
ユーモアがないなんて言われることもあるけれど、そんなことはない。
 
ヴォルゴグラードで会ったビアパブのおっさんは、いきなり「おい、オランダ人に知り合いはいるか?」と聞いてきた。いないなあ、と答えると「そうか、残念だ。じゃあイタリア人は? 俺はどっちの国にもいるから手紙を出したぜ。『こっちは盛り上がっているぜ。来ないのか?』」そんなことを言う。僕は翌日、アメリカには姉家族が住んでいるので彼らにハガキを送った。これもW杯の立派なハイライトだと信じている。
 
結局、僕は西野ジャパンの戦術論を一行も書かなかった。モドリッチのクオリティや、ドイツの敗因についてもよく分からない。ご存知の通りサッカーライターなんて飽和状態だ。そこで違いを出せるのかと問われると、あんまり自信がない。
 
でも、書き手として、旅する人として、知らないでっかい国・ロシアに来て、何本もボールの周辺の記事が書けて、本当に良かったなあ、と思う。4年後、世界のサッカーはどうなっているのだろうか。日本代表はどんなグループに変わっているのだろうか。また現地に行けるだろうか。たくさんのものは続いてゆく。
 
最後にフランスの皆さん、おめでとうございます。本当にスーパーなチームでした。

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竹田聡一郎(たけだそういちろう)

1979年神奈川県生まれ。同い年の小野伸二にヒールで股抜きされたことを妙な自慢としながら、フリーランスのスポーツライターとして活動。戦術やシステムを度外視した「アンチフットボールジャーナリズム宣言」をして以来、執筆依頼が激減したのが近年の悩み。著書に蹴球麦酒偏愛清貧紀行『BBB』(ビーサン!! 15万円ぽっちワールドフットボール観戦旅/講談社文庫)と、このコラムを書籍化した『日々是蹴球』(講談社)がある。

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