いま、アル・リーム島にいます。

竹田聡一郎コラム 日々是蹴球

竹田聡一郎(たけだそういちろう)

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第四百八十二試合

アブダビのボール

日系エアラインやアエロフロートなどのモスクワ直行便や、欧州系のエアラインは高いので、僕は中東経由でロシア入りした。UAEだ、アブダビだ。
 
中東はトランジット以外で寄ったこと、つまり入国したことはない。4年後はカタールだし、このロシア旅の終わりにはふさわしい寄り道かもしれない。せっかくだから帰りに3泊ほど滞在してみた。
 
ホテルにチェックインする際に、フロントの男性に「アブダビ、というか中東は初めてなんだ」と伝えると、あれやこれや教えてくれる。世界遺産もあるし、大きなプールもあるし、フェラーリのテーマパークなんてのもあるらしい。特にオススメは満天の星空に包まれながらのディナーもついたデザートサファリ(砂漠のドライブ)だという。なかなかどれも楽しそうだ。
 
が、結局、僕は上記のどこにも行かなかった。ホテルから2ブロック離れたショッピングモールのスターバックスで、甘くしたラテを飲みながらカタカタと原稿を書いていた。あまりに暑いからだ。ポジティブに言えば炎暑という言葉を体感できたとも考えられるが、とにかく暑かった。地獄のほうがマシかもしれない。
 
一度だけ、45度の中、歩いて6ブロック先のビーチに行ってみたが、辿り着くまでに2リットルのペットボトルの水を空けてしまい、ビーチで喉が乾いて仕方なかった。親切なフランス人グループが500mlのボトルをくれたので、生き長らえたが、彼らがいなければどうなっていたか。
 
そしてペルシャ湾は生ぬるかった。帰りは迷わずタクシーに乗ったが、運転手に「ビーチに行ってた」と言うと「なんで?」と言われた。
 
このままでは中東の思い出はスターバックスだけという、なんともアンバランスな旅になってしまうので、グーグルマップを開いて「football」で検索をかける。2019年のアジア杯で使用予定のシェイク・ザイード・スタジアムや、同じくアジア杯で使用予定でさらにはクラブW杯やワールドユースで使われたアル・ジャジーラ・ムハンマド・ビン・ザーイド・スタジアムなどが出てくるが、それに紛れてアル・リーム島という湾内の人工島に「Najmat Football」というスポットにもピンが刺さっている。住所を控えて、シューズとTシャツ3枚と2リットルのペットボトルを2本持ってタクシーを呼ぶ。時刻は20時。ボールにありつけるかどうかは微妙な時間帯だ。
 
ドライバーに住所を見せると「そんなところには何もない」と言われてしまうが、とにかく行ってもらうしかない。中心部から15分ほど走るとアル・リーム島に入るが、そこはひと昔前の横浜みなとみらい、といった感じの開発地だった。そこらで砂埃が舞い、大きなビルが競うように天に伸びている。
 
夜はさすがに工事が中断されるようで島は静かで暗かったが、目的地はすぐ見つかった。ナイター照明が浮かび上がっていたからだ。「あそこのこと?」と運転手が2度聞いてくるまで、僕は綺麗だなあと見入ってしまった。夜空に瞬くサッカーの照明は世界のどこであろうと、本当に美しい。チップを多めに払って降ろしてもらう。
 
もう既にゲームは始まっていて、誰でも参加費を払えば参加可能だという。「10ディルハム(約300円)だから、事務所で払って来なよ」と言われて、工事現場の詰所的な事務所に向かうが、そこは無人で、その横でアイドリングしている三菱の4WD車がパッシングして来たので寄ると、そこにスタッフがいた。「事務所の中はクーラー効かないからな」と笑う顎ヒゲたくましい彼に10ディルハムを払ってピッチに向かう。
 
人工芝の上にいる、延べ30人のプレーヤーの構成は、アラブ系6割、欧米の白人1割、アフリカ系2割、アジア系1割という感じだ。ロシアで観たゲームとはちょっと違うけれど、熱量は彼の地にも劣っていない。けっこう、みんな本気だ。
 
僕はビブス無しチームに入ってプレーした。こういう国際Mマッチでは、新参者はつなげる選手を演じるのが有用だ。球離れは早く、1つ選択肢を増やすサポートを貫く。遊ぶのはそれからでいい。僕のアプローチはそこそこうまくいって、アシストも2つしたし、巻き舌の英語でナイスと何度も言われた。それからはちょっとドリブルで仕掛けたり、ワンツーを求めたり自分の色を出してゆく。
 
ただ、問題は相手ディフェンダーより暑さだ。気温は35度。適宜、給水を取っているが、発汗に追いつかない感じだ。水が飲んだそばから毛穴から吹き出す。こっちのチームのキャプテンらしきムバラク氏(君づけで呼んでいいのか、年下なのか年上なのか分からなかった)に水を分けてあげると「いつもキックオフは19時過ぎだよ。さすがに昼間は死ぬからやらないね。今日は涼しいからプレーしやすいな」と笑っていた。涼しい? ちょっと彼の言ってることが分からない。
 
ゴールはできなかったけれど、60分弱、プレーした。とても暑かったけれど、それ以上に楽しかった。白人ともアフリカ系の選手とも中国人とも、みんなと握手をして別れた。旅先で「またな」と言われるのは嬉しいけれど、少し寂しい。もちろんまた来たいのだが、ここは開発地域だから、あくまで暫定のサッカーピッチで、いつまであるか分からない。ムバラク氏はそう教えてくれた。フットボール的オアシスだ。あるいはでっかいビルが建ってピッチがなくなって、サッカーした思い出そのものが蜃気楼のように儚いものになってしまうのだろうか。こういう時アラブの人々は「アッサラーム」と言うのだろうか。世界は続き、そして動いていることを実感する中東の熱帯夜だった。そろそろ帰国します。
 

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竹田聡一郎(たけだそういちろう)

1979年神奈川県生まれ。同い年の小野伸二にヒールで股抜きされたことを妙な自慢としながら、フリーランスのスポーツライターとして活動。戦術やシステムを度外視した「アンチフットボールジャーナリズム宣言」をして以来、執筆依頼が激減したのが近年の悩み。著書に蹴球麦酒偏愛清貧紀行『BBB』(ビーサン!! 15万円ぽっちワールドフットボール観戦旅/講談社文庫)と、このコラムを書籍化した『日々是蹴球』(講談社)がある。

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