いま、六本木にいます。

竹田聡一郎コラム 日々是蹴球

竹田聡一郎(たけだそういちろう)

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第四百八十六試合

すぎポンのボール

すぎポンと飲んだ。杉山なのか杉崎なのか三杉なのかピーコなのかは知らない。初対面で酒場だったので確認もしなかった。
 
六本木のスポーツバーで、後輩のノリヲとW杯ベスト11を決めていた。アラン・ジャゴエフを攻撃のオプションとして加えたいと主張する彼に「うわあ、独自感を出そうとする意図が寒い」と僕が売り言葉を投げると、彼は「タケダ君は足下の技術ばっかり重要視しすぎなんですよ。ロマンばっかり追いかけてるから結婚できないんだ」と、それをしっかりお買い上げして、さらに返す刀でデリケートな部分を突いてきて、少し険悪になった頃だった。
 
「あのー、サッカーの話ですか?」すぎポンは割り込んできた。
 
「話が少し聞こえたんですけれど、お二人ともサッカーやってたんですよね。僕もです」
 
僕もノリヲもJ下部出身だ。すぎポンはJ下部でのプレー経験はないようだが、海のない県の選抜チームに入っていたらしい。
 
「でも僕、サッカー素人だったんです」
 
ちょっと言ってることがよく分からない。高校から始めて桜木花道的に伸びたのか。あるいはフカシこいているのか。はたまたアルコールに堕ちた人種なのか、僕らはちょっと身構えた。
 
でも、彼はそのどれでもなかった。その話はこうだ。
 
彼の通う高校は商業高校で男子生徒は全体の1割に満たない程度、学年で20人いなかった。それでも部活はあって、すぎポンは「もやしっ子クラブ」と自虐するサッカー部に入って、「いつかは俺たちもマルセイユルーレット」を合言葉に、週に1度のフットサルに平和に汗を流していたそうだ。
 
転機が訪れたのは主将に就任した3年の春だった。「主将って言っても月に一度の部長会議に出るだけ。……だったはずなんです」と彼は虚空を見つめながらベアレンの生を一口、飲んだ。
 
有名温泉がいくつかある、彼の故郷の県協会はその年、実験的に「県選抜チームを全高校から1名ずつ選ぶ」という方針を打ち出したらしい。「従来のやり方では私学を中心とした強豪の選手ばかりが跋扈して、県サッカーの底上げには結びつかない。多くの選手にチャンスを与えたい」という趣旨なのだが、こんなのもある意味、ゆとり教育の弊害かもしれない。
 
ともかく主将のすぎポンは県選抜チームに抜擢され、練習会に行く羽目になった。「生まれて初めて天然芝のグラウンドに立てたのには興奮しました」と彼は一瞬、笑みを見せるが、「あとは散々でした」とビールをギネスに切り替えて、慎重に口に含んだ。
 
練習会のグラウンドに立ち、まず自己紹介で正直に「サッカー経験はほぼありません!」と打ち明けるとザワつかれ、アップのランで息が切れ、ボール回しではほとんどボールに触れずに8回尻餅をついたらしい。
 
「舌打ちをたくさんされて悲しかったですね。それでも拾う神はいました。名門から来た選手です」
 
名前を聞くと今も現役で活躍するJリーガーだった。
 
「最初はね、何も言ってくれなかったけれど、ボールが取れない俺に『ボールホルダーの利き足めがけてプレスをかけるとセカンドディフェンダーがインターセプトを狙えるから』と、唯一の、しかし効果は絶大なアドバイスをくれたんです。紅白戦で彼の言った通り、ボールを持った人の利き足にチャージしたら、自分の後ろにいる選手がボールを奪えたり囲めたりして、『ナイスプレス』って何回か言われたんだ」
 
すぎポンはギネスをうっとりと、ほとんどネクタールのように飲む。グループでの守備を、弱者の兵法の基本のキを、彼が覚えた瞬間だった。
 
「紅白戦は20分しか出られなかったけれど、僕はJリーガーと同じピッチにいたんだ」
 
彼は今もそう誇っている。
 
「その現役Jリーガーは練習の最後に『サッカー、嫌いにならないでね』と言ってくれたんです。だから僕は今もサッカーは大好きです。観るのも好きだし、たまにフットサルもやります。ちゃんと利き足にプレス、かけてます」
 
すぎポンはもちろん、次回の選抜の練習会を固辞し、その県協会もゆとり選抜を1年だけで廃止するのだが、「ああ、サッカーっていいスポーツだなあ」とノリヲも俺もうっとりした。
 
彼のベスト11も聞いたのだが、忘れた。それよりも「今度、その選手を応援しにスタジアム行こうぜ」という約束だけは覚えている。そのお話はまたここで書こうと思いますので、しばしお待ちください。
 

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竹田聡一郎(たけだそういちろう)

1979年神奈川県生まれ。同い年の小野伸二にヒールで股抜きされたことを妙な自慢としながら、フリーランスのスポーツライターとして活動。戦術やシステムを度外視した「アンチフットボールジャーナリズム宣言」をして以来、執筆依頼が激減したのが近年の悩み。著書に蹴球麦酒偏愛清貧紀行『BBB』(ビーサン!! 15万円ぽっちワールドフットボール観戦旅/講談社文庫)と、このコラムを書籍化した『日々是蹴球』(講談社)がある。

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