いま、2本目のスイカバーをかじっています。

竹田聡一郎コラム 日々是蹴球

竹田聡一郎(たけだそういちろう)

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第四百八十七試合

ノーバンのボール

8月15日、あまりに暑いのでエアコンを除湿の20度に設定して舌と腹を出して昼寝をしていたら、玄関のチャイムが鳴った。国営放送の受信料徴収かと思って音を立てずに魚眼レンズをのぞくと、この春から代々木八幡に引っ越してきたエージが、ボールを抱えて立っていた。お盆にアポなしとはいい度胸だ。
 
エージの故郷は中国地方の日本酒が有名な街で、僕も10年くらい前の正月に寄らせてもらったことがある。お父さんが「こんな田舎に良く来たな。なんもないけどたくさん食べんさい」と甘い白菜をたっぷり使った鍋を出してくれて、日本酒もしこたま飲ませてくれた。遠慮せずにガブガブ飲んでたら、翌朝「タケダ君、飲み過ぎだよ」と軽く牽制されたのもいい思い出だ。
 
エージが帰省してない理由には心当たりがないこともなかったが、彼があまりにもいつもどおり生意気に、「タケダ君、ノーバンやろうよ。どうせ腹出して昼寝してたんでしょ」と返す言葉もなく誘って来たので、近所の広場へ向かう。
 
エージは学年が2つ下のアテネ五輪なのだが、ユース育ち特有の、先輩を君づけで呼ぶサッカー人種だ。ユースとジャニーズでは通常運行なのだが、ゴリゴリの大学体育会系出身の友人の中には「だからユースはチャラくて嫌いだよ」と公言するヤツもいる。人生もサッカーも色々だ。
 
話が逸れたが、彼の言うノーバンはノーバウンドのことだ。決してパンツじゃない。二人でやるリフティングラリー、テクニックバトルと言ってもいい。それぞれ周辺の地面に5m四方のプレーエリアを足あるいは白線で描いて、3タッチとか5タッチとか決める。自分のエリアでボールを落としたり、相手のエリアにボールが返らなかったり、そのほかのエリアに出てしまったら負け。相手に早いボールとか、高いキックとか、スピンをかけた難しいタッチを要するパスを出す。受ける側はそれを規定のタッチ数でさばいて、さらに難しいボールを戻す。だいたい10点マッチくらいで競う。
 
地方や人数によっては「地雷」とか「ケマリ」とか呼ぶし、ワンバウンドさせていい場合は「ワンバン」となるし、最後はヘディングで戻さないといけないルールでは「頭殺し」という怖い名前だったりもする。
 
ともかく40手前のおっさん二人は炎天下の中ダラダラ汗をかきながら「3タッチノーバン」で戯れた。エージはパワーで押してきて、僕はスピンで対抗する割と好勝負だったと思う。
 
途中、休憩した時に「実家、帰らないのか?」と聞くと「お盆に帰省したって高いし混んでるし暇だし別にいいよ」、エージは僕の目を見ずにぶっきらぼうに答えた。
 
1時間もやって、黒いゲームシャツが塩を吹き出したところで、これ以上続けると熱中症になると二人の意見が一致した。最後に11点マッチの頭殺しをして、負けたほうは相手の命令を3つ聞くことになった。
 
残ったエネルギーを絞り出しボールを追いタッチに集中する。秘術を尽くし僕はよく戦った。特にエージがコントロールをしている間に野性爆弾のくっきーのモノマネをしてミスを誘発するマリーシアは効果的で、クロスゲームをデュースの末14-12で制す。年上のメンツはなんとか保たれた。
 
コンビニに寄ってまずは1つ目の命令、逆スイカバーを奢らせる。お盆の運動後に食べるスイカバーほどうまいものがこの世にあるだろうか。反語を繰り出してからすかさず2つ目の命令「お前、今から実家に帰れよ」をくだすと、彼の顔が少し曇った。
 
エージ父は数年前、膵臓に腫瘍が見つかって今年に入ってステージ4に進行してしまったらしい。抗がん剤治療を続けているらしいのだが、「あんなに元気だったオヤジが細くなっていくのが怖くて悲しくてあんまり会いたくないんだ」年末に飲んだとき、そんなことをエージは言っていた。確かそれが理由で正月、エージは東京にいて高校サッカーばっかり観ていた。
 
オヤジさんはきっとエージに会いたいだろう。とはいえ、月並みな言葉ではこのビビりでバカな後輩は動かないだろうから「エージ、お前に選択肢はねえぞ。ノーバン弱いんだから行けよ。悔しかったらまた今度、挑んで来い下手くそが」と先輩ぶって横暴に焚きつけた。エージは歯を「イー」と食いしばってから「うるせえ、デブ」と呟いて、僕に側頭部を叩かれたが、無視してスマホをいじり出した。
 
便利な世の中になったものだ。航空券はスマホで予約してすぐにコンビニで決済できる。お盆のくだり便だし、値段も3万円とそこまで高くないチケットがものの3分で購入できた。本当は決済までしてあげたかったのだが、そこまでカッコいい先輩じゃない。僕の財布には2500円しか入ってなかった。お盆だから仕方ない。
 
最後に3つ目の命令「オヤジさんに『冬になったら白菜と日本酒送ってください』と伝えろ」をくだすと、「嫌だよ。タケダ君、また食べにきなよ。うちの鍋、ヘルシーだからデブでも大丈夫だよ」と笑って、パッキングして羽田に向かうために、最後まで生意気な後輩はミニベロを跳ねるようにこいで、大事マンブラザーズバンドの名曲をハミングしながら帰って行った。
 
僕も歩いて家に戻り、水のシャワーを浴びながら考えた。僕が負けていたらどうなっていたのだろうか。勝つまで続けただろうか。あるいはエージのミスはミスではなかったのだろうか。それを確認するほど野暮ではないけれど、いずれにしても次回はあのクソ生意気な後輩をきっちり仕留めることができるように、リフティングの練習は続けておこうと思った。そろそろエージは羽田に着くころだ。
 

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竹田聡一郎(たけだそういちろう)

1979年神奈川県生まれ。同い年の小野伸二にヒールで股抜きされたことを妙な自慢としながら、フリーランスのスポーツライターとして活動。戦術やシステムを度外視した「アンチフットボールジャーナリズム宣言」をして以来、執筆依頼が激減したのが近年の悩み。著書に蹴球麦酒偏愛清貧紀行『BBB』(ビーサン!! 15万円ぽっちワールドフットボール観戦旅/講談社文庫)と、このコラムを書籍化した『日々是蹴球』(講談社)がある。

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