いま、南島原食堂にいます。

竹田聡一郎コラム 日々是蹴球

竹田聡一郎(たけだそういちろう)

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第四百八十八試合

南島原のボール

出張で島原半島に行った。10年くらい前、1000円高速時代だ。調べてみたら正式にはETC車載器の休日終日割引という制度で、2011年に惜しまれながら終わっていた。この件に関してはどっかの党が高速を基本的に無料にするなんていうマニュフェストを掲げていた、あれはどうなったのか。実現するかどうか、していいものかどうかは別にして、我が国のマニュフェストは現れては消える脆いものなのだなあと、雲仙多良シーラインを走りながら考えてしまった。
 
あの時も確か、お盆のあとだった。父親の実家の墓参りに鳥取まで行ったついでに北九州まで足を伸ばして、当時、ニューウェーブから改称したばかりのギラヴァンツでトップを張っていた同級生に会いに行った。その流れで、博多でその時付き合っていた彼女と合流し、佐賀を抜け、島原に入った。国見高校を見たかったからだ。
 
無事に現地に着き、僕はまだ30歳くらいだったから、国見イレブンが年間100度くらい走って往復すると言われた「たぬき山」まで走ろうとした。しかし、待ちぼうけをくらいそうになったペーパードライバーの彼女に「意味わかんない」と言われて、それでも走り出したが炎天下ですぐに戻って来てしまい「だから言ったのに」と指摘され逆ギレして車内の空気は悪くなり、仕方ないから島原外港からフェリーに乗って熊本市内に入り、阿蘇山で温泉に入ってキャンプをしてやっと仲直りしたのだった。
 
だから今回の目的地である島原半島の先端、南島原市は未踏だった。質の高い温泉と素麺と海水浴場があると聞いていたので、本当は行きたかったので感無量だ。シティプロモーションがらみの取材で、クライアント様に「せっかく行くのだから街をじっくり見たいです」と提案すると、「そんな風に言ってくれるなんてありがたい」とまんま承諾され、前泊して島原半島の南側をのんびりできた。台風が去ったあとで空は広く青く高く、とてもいい夏休み、じゃなかったロケハンができた。
 
素麺のこと、世界遺産のことはそっちの仕事で書くので、こっちにはサッカーのことを書く。南島原は現在、長崎を率いる高木琢也監督の地元だ。彼のルーツになったグラウンドとか広場とか頭突きした壁とか砲台とかないかなと調べると、なんと小さい頃、野球少年だったらしい。
 
仕方ないのでスーパーで素麺を買ったついでに「海の見えるサッカーグラウンド、ないですかね」と聞いてみると、「アリエにあるよ」と店員のおばちゃんが教えてくれた。有家という表記らしいが、マリンパークありえ、ビーチ、総合運動公園などが併設されていて、島原湾とその奥に天草半島が霞む、素晴らしいロケーションだった。残念ながらこの日はゲームがなかったが、芝は丁寧に短く刈り揃えられていて、ここでプレーしたらミスがなく楽しいサッカーができるだろう。今度はボールも持ってこよう。
 
満ち足りた気持ちで、本来のシティプロモーションの取材に向かう。目的地は素麺を出す食堂でありながら、南島原の観光の拠点でもある「南島原食堂」だ。廃校をリノベーションしただけあって、軋む廊下、木の香りが何かしらの記憶を刺激する、広告業界風に言わせてもらうとものすごいシズル感だった。
 
南島原は近年、観光客に「いらっしゃいませ」というのをやめて「おかえりなさい」という運動というか、イメージ作りというか、もっと単純にいえば挨拶を推進している。「さようなら」は「行ってらっしゃい」だ。
 
確かにこの廃校でそれを言われると根底に響くものがある。古き良き日本はまだまだ色々なところに息づいているのだな、と実感できて嬉しかった。
 
写真はその校庭でボールを蹴って遊んでいた兄妹だ。GKになって妹ふたりに順番にシュートをさせている優しいお兄ちゃんに、こぼれてきたボールをインフロントでループ気味で返してみると、しっかりハイボール用のキャッチをしたのでGKが天職なのかもしれない。高木琢也のヘッドを止めるような守護神に育って、ぜひVファーレンに入って欲しい。別れ際に「行ってらっしゃい」と声をかけると、少し照れながらも手を振ってくれた。いい夏休み、じゃなかった取材だった。頑張っていい原稿を書こう。
 

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竹田聡一郎(たけだそういちろう)

1979年神奈川県生まれ。同い年の小野伸二にヒールで股抜きされたことを妙な自慢としながら、フリーランスのスポーツライターとして活動。戦術やシステムを度外視した「アンチフットボールジャーナリズム宣言」をして以来、執筆依頼が激減したのが近年の悩み。著書に蹴球麦酒偏愛清貧紀行『BBB』(ビーサン!! 15万円ぽっちワールドフットボール観戦旅/講談社文庫)と、このコラムを書籍化した『日々是蹴球』(講談社)がある。

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