いま、ノエスタにいます。

竹田聡一郎コラム 日々是蹴球

竹田聡一郎(たけだそういちろう)

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第四百九十一試合

イニエスタと神戸のボール

ミッドウィークに鳥栖で天皇杯を観て、週末にミクスタで花火を拝んでから北九州名物のホルモン鍋をつついて満足していると、翌日にリーグ戦があることに気づいた。神戸がマリノスをノエスタに迎える。行かない理由がなかったので、「さくら」に乗って神戸へ。
 
イニエスタが来て、ノエスタ周辺は少し変わった。アンオフィシャルな部分ではパチユニ屋が出没し、ダフ屋らしき人がうろちょろし、地元の寿司屋さんは「胃にえぇスタミナ巻」という関西ノリが頼もしい新商品を打ち出した。ちなみに「胃にえぇスタミナ巻」は1000円近くしてちょっとお高いけれど、梅とシソが効いたとても美味しい逸品だった。
 
オフィシャルでも、単純に観客が増えたし、スタジアム外には彼のユニホーム特設会場ができて、スペインバルも登場した。イニエスタ様様、三木谷さんグレートジョブ、である。
 
しかし、サッカーというゲームは本当にこちらの意表を突いてくる。この日の主役は34歳のアンドレスでも33歳のポルディでもなく、17歳のタケフサだった。
 
バルサの大先輩を前にした超俊英はJ1初先発の気負いもあったのか、前半から積極的に仕掛けるもロストも目立った。それでも献身的に攻守のあらゆる局面に顔を出す。足の運びなどがどことなくイニエスタと共通だと感じるのは僕だけの先入観だろうか。
 
輝きを見せたのは56分だった。世界のミッドフィルダーを追い回しながら攻撃にも噛んだ、個人的にはMOMの喜田拓也からボックス内で足元にボールを呼び込むと、ファーストタッチが若干、浮いたが、それを逆手にとる形で抑えのきいたコンパクトな左足ハーフボレー。ファーストタッチは浮いてしまったのか、そこまでイメージしたのかは分からないが、いずれにしても感覚の塊であることは疑いの余地はない。
 
「元バルセロナ対決と言われてもおこがましいというか、天と地の差があると思ってるので、その差を今日のゴールで1ミリでも埋められたら」
 
本人は試合後、そう語ったが、もはや彼は既にニッポンのトップ・プロスペクトだろう。さらなる飛躍が求められる。結局、マリノスが2-0で制した。神戸の、イニエスタやポドルスキのACL初出場は、19年は厳しいかもしれない。
 
週が明けると、ノエスタで公開練習があると公式HPに載っていた。旅をズルズル延ばしてしまうのは僕の悪癖なのだが、「だってイニエスタだもんな」と無理矢理の理由で自分を納得させて、地下鉄海岸線に乗る。この日はさすがに「胃にえぇスタミナ巻」は売ってなかったけれど、1000人近い人が見学に来ていた。
 
イニエスタは軽やかに練習をこなし、最後は子供を中心にファンと写真を撮ったりサインに応じたり、ハイタッチをしたりと、笑顔でサービスしていた。
 
サインをもらった子が何人か「アンドレス、ありがとう」と関西のイントネーションで言っていのが、なんだか友達みたいでおかしかったけれど、よく考えたらそれくらいの距離感のほうが選手とサポーターとして健全なのかもしれない。
 
そして彼らはもう既に様々な、そして本当に大きなものをJリーグに伝えてくれている。単純にピッチでの技術や、勝ち方や、プロとしての振る舞。経済効果もえぐい、グッズも売れるし人も入る。神戸は昨年まで平均2万人に満たない平均動員だったが、イニエスタ加入後は大入りだ。そのオーディエンスが生み出すゴール裏には100や200の旗がうごめいて、欧州のサッカーにヒケをとらない景色を生んでくれた。
 
そしてイニエスタやポドルスキのプレーを観察して、サインをもらって「ありがとう」と直に感謝を伝えることで、次世代がまたサッカーに夢を持つ。素晴らしい循環だ。
 
スタンドで一人の男性が高らかなソロを披露してくれた。カタルーニャ語で歌われるバルセロナのイムノ(賛美歌)、最後に「バルサ、バルサ、バールサ」で終わるサッカーファンなら聴いたことある歌だ。
 
気になって歌詞を調べてみると、こんな一節があった。
 
「南からだろうと北からだろうと、どこから来たかは問題じゃない。私たちは一つの旗が団結に導くことを知っている。旗が風を呼び力強い叫びを生む」
 
ジーコが鹿島に魂を植えたように、神戸にイニエスタが来てくれたことで何かが動き出した。来年もきっとノエスタに行こうと思う。
 

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竹田聡一郎(たけだそういちろう)

1979年神奈川県生まれ。同い年の小野伸二にヒールで股抜きされたことを妙な自慢としながら、フリーランスのスポーツライターとして活動。戦術やシステムを度外視した「アンチフットボールジャーナリズム宣言」をして以来、執筆依頼が激減したのが近年の悩み。著書に蹴球麦酒偏愛清貧紀行『BBB』(ビーサン!! 15万円ぽっちワールドフットボール観戦旅/講談社文庫)と、このコラムを書籍化した『日々是蹴球』(講談社)がある。

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