いま、裾野市にいます。

竹田聡一郎コラム 日々是蹴球

竹田聡一郎(たけだそういちろう)

Profile

第四百九十二試合

30代最後のシーズンのボール

僕には年に3つ、欲しいタイトルがある。APCと出版カップとベルマーレ平塚OB戦だ。知らんがなと言わずに読んでほしい。もちろん読んでもタメにはならないので申し訳ないが。
 
APCとはアジア・パブリッシングカップで、日韓タイの出版社が5月に勝手に出版アジアNo.1を決めるものだ。僕は講談社チーム、つまりは日本出版社代表のトップ下として、2回獲ったことがある。
 
出版カップとは光文社、集英社、小学館、新潮社、ぴあ、扶桑社、JTBパブリッシング、KADOKAWA(50音、アルファベット順)の8社が出版No.1を決める国内最大の出版蹴球タイトルだ。これは9月に開催される。講談社がここに入ってないのは、なんだか事情があるらしい。僕は扶桑社チームにお世話になっていて、今年で5年目のチャレンジだ。その間、大会MVPに2度も選んでいただいただが、肝心の順位は最高で4位だ。
 
ベルマーレ平塚のOB戦は忘年会を兼ねて歳末に開催される。これはただのフレンドリーマッチだし、メンバーも入れ替わりながら行われるので、勝敗も何もないのだが、僕は自分が入ったチームの成績をネチネチと記録している。17年は欠席したが、16年は1勝3敗、15年は2敗だった。負けたチームはタッチラインダッシュをしなくてはいけない。今年こそは勝ち越したいものだ。
 
ということで、極個人的3冠を目指す近年だが、今年は色々な事情で下半期に全て集中していた。
 
まずは9月最初の土曜、ソウルでAPCを戦ってきた。ワールドカップスタジアムのサブグラウンドで25分ハーフの4本のうち僕は3本出場し、1ゴール1アシストを記録。4-2の勝利に貢献した。「スピードは田植えの農機くらいだったが、大きな仕事をこなした/6」くらいの評価をいただき、いい酒を飲んだ。1冠。
 
出版カップは翌週だった。APCの筋肉痛を抱えたまま帰国するのは嫌だったし、東京に戻ると、飲み会だ麻雀だと多忙を極めるので、ソウルでの滞在を延ばして、毎日、長時間の散歩をして調整した。
 
そうして臨んだ9月第2週、2日間20分ハーフ7試合という出版カップだったが、僕は1試合目の前半に左のふくらはぎがピキるという体たらくで、なんとか以後もごまかしながらプレーし、1ゴール1アシストという結果を残すも、小動物系マネージャーのカナちゃんから「控え目に言ってスピードは豚。言葉を選ばせてもらうと見た目も豚。もはや本物の豚なのではないか。『千と千尋の神隠し』への出演オファーを待て/4.5」という辛い短評をいただく。冷静に考えれば、24歳の「大学までやってました」というモンスターについていけるわけがないのだが、フアン・カルロス・バレロンや三浦知良はそんなこと決して言わない。また1年、トレーニングとケアをして抗わなければならない。チームは4位に終わった。2冠ならず。
 
残すは12月のベルマーレ平塚OB戦だ。元Jリーガーや、現役で身体を動かしているコーチなどがゴロゴロいる。考えながら走り、走りながら周囲を確認しないと、彼らのプレースピードにはついていけない。必要とあらば身体を強く当てないといけないし、ユニホームだって引っ張る覚悟だ。なんとか今季のビッグマッチを勝ち越して、2018年を終えたいものだ。
 
しかし、挑むサッカーが増えたなあ、と思う。20代の頃はボールなんて、マーカーに張り付かれても、2人に囲まれていても集まってきた。今は考えて準備して、次のプレーのイメージまで出し手に伝えないと、なかなかパスはもらえない。若い選手も増えたので、出場時間だって減ってきた。
 
それでもやっぱり、サッカーは楽しい。自分で考えて動いて、しっかりボールを蹴らないとあっという間に置いてかれる。そのヒリヒリ感は他では得られない。来年こそは豚と呼ばれずに、年下の走れる選手や元Jリーガーに一目置かれたい。それが目下、僕のエネルギーなのだ。あなたの動力はなんですか?
 

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竹田聡一郎(たけだそういちろう)

1979年神奈川県生まれ。同い年の小野伸二にヒールで股抜きされたことを妙な自慢としながら、フリーランスのスポーツライターとして活動。戦術やシステムを度外視した「アンチフットボールジャーナリズム宣言」をして以来、執筆依頼が激減したのが近年の悩み。著書に蹴球麦酒偏愛清貧紀行『BBB』(ビーサン!! 15万円ぽっちワールドフットボール観戦旅/講談社文庫)と、このコラムを書籍化した『日々是蹴球』(講談社)がある。

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