サッカーを愛して止まないあの人の ゆめのはなし

文化人類学者、今福龍太2冊目のサッカー批評書『ブラジルのホモ・ルーデンス』(月曜社)は、われわれが頑なに信じている“勝利”への欲望が、決してサッカーの本質ではないということを徹底して熱く語りつづける。では、真のサッカーとは一体何なのだろうか。サッカーが本来持つ美と快楽に再び眼を向けてみよう。

サッカーの本質において、“勝利”は二義的な快楽だ

『ブラジルのホモ・ルーデンス』という本は、サッカーマニア的軟弱さのようなものに深く憤り、彼らの戴く勝利至上主義から離れて、真摯なサッカー批評の水準を最低限示さねばならないという使命感から書いたものです。実際、目の前に展開するサッカー・ゲームに魅せられている人は、その瞬間を、勝敗の束縛や抑圧から離れて十分に楽しんでいるはずなのです。問題なのはゲームが終わったとたんに、プレーの瞬間瞬間に感じていた原初的な快楽が抑圧され、「勝った」という別種の満足に無意識にすり替えられることです。プレー自体の遊戯的快楽を最終的に勝利の達成に横滑りさせ、近代の歴史的産物に過ぎない勝敗原理になすすべもなく取り込まれてしまう。この事実に触れることはタブーでした。現代サッカーの観戦の文法も、勝利を究極の目標とした「スポーツ競技」という共同幻想の上に成り立っているわけですからね。

ゴールへの本能と挑発

小、中学生時代は、暇さえあれば草サッカーをしていました。でも部活的なサッカーは、フォーメーションや役割を決められるのがいやではじめから避けていました。全員がFWで、全員が点を取る。それがサッカーだと信じていた。だからこの原初的欲望を残した中南米のゴールキーパーには、シュートを打ちたがる人がいました(笑)。チラベルトやカンポス、そして誰よりも異形だったイギータ。サッカーをやる人間は、ポジションとは関係なく絶対にすてられない、自分でボールを持ちゴールを奪うという、野蛮で原初的な衝動を持ち続けるべきです。本来、ゴールとは、自分の得点か相手の得点かということに意味はなく、ゴールとしての強度、それ自体が意味を持っているんですね。まずゴールとして自立した、審美的で感覚的な意味づけが存在し、それがどれだけの強度をもって実現したものであるかに選手や観客が感応する。ブラジルサッカーでは、相手が点を取ると、そのゴールの美しさや強度を自分に取り込むことで味方のエネルギーへ変換するということが起ります。だから自然と試合は点を取り合うシーソーゲームになる。自分たちが素晴らしいゴールを決めると、同じように素晴らしいゴールを返してみろと相手を挑発する、そういう互酬的なコミュニケーションなんです。逆にいえば、相手に対してそれだけのインパクトを与えられないゴールであれば味方の一点でも意味がないんですね。

解放者としてのサッカープレーヤー=マラドーナ

強固な階級社会の中、差別や貧困が解決されない厳しいリアリティのもとに生きるブラジルの人びとは、杓子定規で制度的な秩序や世界を常に相対化し、それを超える遊戯的な世界をもうひとつのリアリティとして確保しなければ生きていけません。そうしたなかでサッカーが持つ意味とは、現実からの逃避ではなく、もうひとつの現実の創造であり、流動性のある現実感覚のなかに身分を導くことなんです。

ブラジルでは、悪漢や“やくざ”のような制外者が持っている反権力的でトリッキーな身体所作にまつわる機知のことをマランドラージェンと呼びます。マランドラージェンを持ったマランドロとは、権力的で制度的な世界に対する義賊的な叛乱者であり挑発者です。つまり、ブラジル人たちをもう一つの世界に導く、スキャンダラスでトリッキー、奔放な華を持ったマランドロ的なサッカープレーヤーが、ブラジル民衆の精神的な英雄として存在しているのです。私の本の約半分はマラドーナへ捧げているといっても誇張にはならないでしょう。彼はアルゼンチン人ですが、社会的存在としてはマランドロそのものです。ですが、未だにこのことは正しく理解されていません。どこから彼の天才的な閃きとプレーが生まれているのかを知れば、彼の麻薬への惑溺が彼の天才を色褪せたものにしてしまう出来事ではない、という深い真理が見えてきます。彼は、近代サッカー競技が歴史的に身にまとった支配原理のようなものを内側から破壊し、それによって自己の身体をも破壊されながら、サッカーの本質的な可能性を救い出そうとした。これほどの叛乱者はもう二度と出現しないでしょう。

今福龍太 プロフィール

今福龍太(イマフクリュウタ)

今福龍太プロフィール

文化人類学者、批評家

東京外国語大学教授。2002年よりサンパウロ・カトリック大学大学院コミュニケーション学科客員教授。遊動型の野外学舎「奄美自由大学」主宰。著書に『クレオール主義』『群島-世界論』『身体としての書物』『フットボールの新世紀』『ブラジルのホモ・ルーデンス』など多数。

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