サッカーを愛して止まないあの人の ゆめのはなし

模型の魅力をもっと知ってもらいたい。この夏、模型専門店を新宿丸井にオープンするため奔走中の有馬氏。バックパッキングで世界を旅した際に再認識したサッカーの力。幼少から親しんだサッカーに自らの夢も重ねる。

バックパッキングで知ったサッカーのすごさ

サッカーどころの千葉育ちということもあってか、僕の小学校はサッカーとバスケットだけは、1年生から部活動として存在していました。だから、友達に誘われ自然とサッカーを始めていた感じです。小学校の6年間はサッカーに明け暮れる毎日でした。ボールを蹴っていると、それだけに集中して無心になれるのがよかったです。中学校では陸上部、高校では野球部と、一時期サッカーから離れましたが、大学時代にまたプレーを再開。社会人になってからも会社の仲間などと一緒にサッカーやフットサルを楽しんでいました。現在も、北区の社会人リーグでプレーしています。休日に友人を集めて、試合をするのも楽しいですが、やはりリーグ戦での戦いは格別です。1勝、1点の重みがまったく違います。リーグでの成績は、それこそ未来へつながっている訳ですし、緊張感が違います。僕はバックパッキングも好きで、海外を結構うろうろしていたのですが、そこで、改めてサッカーのすごさを知ることになりました。エジプトの何もない片田舎で招かれた小さな村の家に、デル・ピエロのポスターが貼ってありました。

サッカーの話をすると、「俺たちの国には、ミドがいるけど、お前の国には、ナカタが居るよな」と言われ、サッカー選手は国を代表する人であり、財産であり、誇りであるのというのを実感しましたね。ほんとうに比喩でもなんでもなく、世界中をバックパッキングして歩いていると、どこでもサッカーで友達が出来る。公園でボールを蹴ったり、バーで選手名だけで話をしたり、トルコでは、ウィニングイレブン大会になったりこともあります。ナカータやナカムーラって声をかけられることも度々ありました。

模型との出会い

模型に興味を持ったのは小学校の時。近所におじいさんがやっている模型店があって、そこに通うのが大好きでした。箱を眺めているだけでも楽しかった。もちろん、実際に作ると、その世界にすぐに魅了されました。サッカーボールを蹴るのと同様、模型を作っているときは、無心になれましたね。自分の家は、TVゲームが禁止されていたので、家に居る時はひたすら模型を作っていました。模型はその先にある歴史背景やストーリーもまた魅力で、一時期は戦艦ものに凝って、“有馬艦隊”を作ったりしていました。「戦力的には次は駆逐艦がないとダメだな」とかいいながら(笑)。

日本の模型文化を世界に

セガに在職している時に、模型のトップブランドのタミヤの「タミヤ プラモデルファクトリー」を手がけることになり、その当時の楽しさを思い出しました。ショップ内には、実際に模型が作れるアトリエコーナーや、プラモデルマスターの作業を見る事が出来るのですが、ゲームや携帯電話で遊んでいる子供たちが目を輝かせて模型作りを眺めている。この楽しさをもっと世の中に広げたいと思い、今年の春に会社を辞めて、自分で模型ショップを開くことにしました。

この模型ショップの目的は何より、模型の楽しさを知ってもらうことです。模型だけではなく、その背景もわかるような本なども置いて、多面的に魅力を伝えられればと思っています。最初は既存の商品を扱うだけですが、将来的には、例えば教育機関や企業などと組んで、知育玩具の一環としての模型を作って行きたいです。子供たちに、模型を通して「ものづくり」の楽しさを知ってもらいたいと思っています。また、日本の模型技術は世界的に見ても非常にレベルが高いので、海外にも紹介していきたいです。日本の模型は日本の文化を代表できるだけのポテンシャルを持っていると思っています。将来バックパッキングでエジプトを訪れた時に、デル・ピエロのポスターの横に僕の手がけた模型があったら最高ですね。

有馬律雄 プロフィール

有馬律雄(アリマリツオ)

有馬律雄プロフィール

ショッププロデューサー

1976年生まれ。セガで施設の運営・開発を行い、2008年にタミヤ模型のオフィシャルショップ「タミヤ プラモデルファクトリー」を企画し、模型業界に話題と変革をもたらす。その後、2009年6月(株)ライデンシャフトを設立。同9月には、模型・書籍とアトリエがある新業態施設「模型ファクトリー」を開業予定。

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