サッカーを愛して止まないあの人の ゆめのはなし

2000年4月、日本初とも言える危機管理情報専門会社を立ち上げた市川啓一。幼少時代を過ごしたチェコで始めたというサッカーが彼に教えてくれたことは、今のビジネスにも役立っているという。危機管理とサッカーについて話を聞いた。

自然とサッカーボールを蹴る環境でした

父親の仕事の関係で4歳から6歳までチェコスロバキア(当時)のプラハで過ごしました。「プラハの春」を経験し、その後帰国することになるのですが、それまでは現地のインターナショナルスクールに通っていました。そこに通う男の子の遊びは基本サッカーでしたので、自分も自然とボールを蹴るようになりました。本格的に始めたのは日本に帰国後の小学校5年生からです。ポジションはサイドバックかスィーパー。当時から危険に備えるという役割をしていたわけですね(笑)

危機に備えるということ

サッカーの守備は、まず“備える”ということが大切です。“備える”と一言で言っても、サッカーは自由なスポーツですから、その状況は千差万別、同じ場面は二度とないものです。だからといって何も準備しておかないと、その“危機“に対処できません。選手は練習でやったこと以上のことは出来ないですから。

相手の攻撃パターンをいろいろ想定し、それに対応できるよう練習でひたすら鍛えていく。現在の危機管理情報の仕事も、まさにこれに通じることがあります。「天災は忘れた頃にやってくる」って言われているように、災害はいつなんどき、どのようなモノが起こるかは正確には分かりません。ただ、色々な危機は想定することができる。大地震もそうですし、台風もそう。天災だけではなく、インフルエンザなども企業の危機ということで考えれば該当します。それらの危機をきちんと把握し、想像力を駆使して、その対応策を練っておけば、被害を最小限に押さえていくことが可能です。あと、災害ということで考えれば、”情報“というものが非常に大切になります。もちろん危機が発生する前も必要ですが、危機が起こってからの行動にも情報は大切です。危機、災害時の最良の行動を取っていくための判断基準になるものですから。サッカーに戻って考えると、当時は今ほど相手チームの情報がなかった。でも、今ならビデオをとって分析をしたり、インターネットで相手選手や戦術の情報を事前に手に入れることが可能ですので、もっと効率的な守備が出来たでしょうね。中学、高校時代は週6日の練習を6年間無欠席で過ごしました。試合も全試合フル出場でした。そこで培われたものは大きいです。先程も言ったように災害はいつ何時どこで起こるか分かりません。それに備えるためには、継続して備えることが大切です。”いざ”に備えるための、この仕事は常に継続してやっていかないとダメなものです。僕がやっていたポジションは華麗なパスもミラクルなシュートも必要ないですけど、常に緊張感をもって集中していくことが大切。これは確実にサッカーが教えてくれたことでしょうね。

ワールドカップの危機管理を担当したい!

サッカーのワールドカップと言えば世界最大のイベントです。オリンピックに比べても、サッカーはケタ違いのサポーターが来日します。日本の歴史の中で、あれだけ多くの一般の外国人の人が一挙に来日したのは初めてのことでしたでしょう。

海外から来たサポーターをもてなしつつ、安全に運営するという観点で、2002年の日韓ワールドカップの際は、決勝戦のあった横浜市とワークショップ的なことをやりました。次の日本での開催がいつになるか分かりませんが、次回は、是非、ワールドカップの危機管理すべてをお任せいただきたいですね。ワールドカップは、選手個人も、チームも、スタッフも、大会運営側も、観客も、そして開催国も、すべてがうまく機能して、運営されてこそ成り立つものです。それに貢献できるということは、この仕事の集大成であり、かつてのサッカー漬けだった6年間の集大成にもなることになるかと思います(笑)

市川啓一 プロフィール

市川啓一(イチカワケイイチ)

市川啓一プロフィール

株式会社レスキューナウ代表取締役

1964年マレーシア生まれ。幼少期をチェコで過ごす。中学、高校時代はサッカー部に所属。6年間の部活を皆勤賞で終える。成蹊大学卒業後、日本アイ・ビー・エム入社。2000年4月日本初の危機管理情報専門会社(株)レスキューナウ・ドット・ネット(現レスキューナウ)を設立。同社代表取締役に就任。Rescuenow.net

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