サッカーを愛して止まないあの人の ゆめのはなし

2009年、16年ぶりの監督業復帰を果たし、1年で山梨学院大学付属高校を選手権初出場、そして優勝へと導いた山梨が誇る名監督横森巧。かつては教員として勤務をしながら韮崎高校を率い、3度の準優勝を経験。ヴァンフォーレやセレッソの監督としても知られる塚田雄二や、身体障害者で初めてS級コーチを取得した羽中田昌らを育てた。そんな名将横森の長い指導者人生から見たサッカーと高校生について聞いた。

いい環境がいい選手を作る

いまは定年で退職しましたが、かつては教員として働きながら監督業をしていました。高校のサッカー部は、基本的には校舎の隣に校庭としてグラウンドがあるだけです。ですが、山梨学院高校は学校からグラウンドが自転車で10分、寮まで2,3分の距離があります。そうすると我々も生徒も移動があることで気持ちの切り替えができるし、練習が終わればすぐ帰れる。この離れ具合はすごくちょうどいい。しかも、サッカーのグラウンドはサッカー専用で他の部はいません。そんな恵まれた環境でサッカーに専念できる彼ら生徒は幸せだろうなと思います。サッカーをやろうとする高校生以下の子たちに夢を与える場所でもあると思いますよ。環境を整えると、ちゃんといい選手が生まれてくるんですね。

高校サッカーの指導者として

半世紀近くサッカーを指導していて気づいたことは、エースだけじゃ絶対に勝てないというおもしろさであり、デコボコなものがないと進まないことがあるという不思議でした。わたしが教えてきたチームは、いわゆる二流、三流といわれるものから、今回のような優勝するものまでいろいろ。

でも、どこもそこ独自のデコボコがあったんですね。どういうことかというと、スター選手以外も活きる場所があるということです。足の早い子も遅い子もそれぞれに活きる役割があります。そうした10人の役割を組み合わせて点が繋がり、うまく動きが流れたときにチームは本当に機能します。意外性も含め完璧に機能を果たしたとき、これは監督冥利に尽きますね。選手たちは選手たちでアイディアとか責任とか、組織のあり方の中で自分たちがどういうかたちでサッカーを進めていくかという面白さを、苦労とともに魅力に感じていると思いますよ。そして誰しもに言えることは、ゴールを決めるとものすごく気持ちがいいということ。とにかくシビレます。見てる人がシビれるわけですから、本人はもっとぞくぞくするほど嬉しいはずなんですね。だから、みんなそれを目指すわけです。でも、だれしもができることであることだけれど、だれもができるわけじゃない。選手権に優勝したときのうちのチームみたいに、8人もゴールを決めるなんて珍しいケース。とはいえ、みんなが点を取りたいという気持を表現できるチームは、選手たちにとって最高だと思いますよ。だから、私がサッカーで最高の喜びはなんだといわれたら、点をとることだと思っています。でも、スポーツは常に人との競い合いですから、人としてどうあるべきかということも教えていかなくてはいけません。教員として務めた37,8年間の誇りみたいなものが私のサッカーにはあるんです。人として育たないとサッカーもうまくいかないんです。だから私はサッカーを通して、この子たちには自分を磨いていってもらいたい。自分が指導した選手たちで、足元の土を好きになり、グラウンドを好きになった子たちに悪い人間はいません(笑)。

今の子供たちへの横森式指導法

わたしは球際の攻防を大切にしています。だからプレーヤーには、ファールだから倒れたんだっていう言い方をしてもらいたくないんです。その後の可能性を考えれば、ファールをもらっても倒れなくて済むなら倒れない方がいいわけですよ。だから当たっていけって言うんです。何でもいいから体験しろって。

体験のなかから、自分が堪えなきゃいけないもの、堪えられないものっていうのを知って、それでもなお少しでも堪えられるように強くなるということを覚えていかないと、チームとして強くはなりません。今の子供たちには、昔みたいに怒鳴るのではダメで、そういうことを理論的に整然と話してあげないと上手に伝わらないし、納得してもらえないんですよ。頭使いますよ最近は(笑)。うまく伝わらないと、ちょっと強いチームと試合をして体を寄せられると、ファールじゃないかと判断して、ふっと力を抜いてしまうような子になってしまうんです。高校サッカーというのは学校教育のなかでやっていますから、サッカーに対して学校や地域の名誉を背負うとか、そういうことがあるんですね。だから、ひたすら勝負に厳しさを求めていくという側面があって、そうすると逆にユースみたいに伸びやかにやるべきとも言われたりもします。でも最終的には、厳しい中で求めてきた姿勢が日本サッカーに脈々と繋がっている力だと思うんです。我々は自分たちのなかに日本のサッカー、ひいては世界を相手に通用すると思う子がいたら、そこに対応できるような選手に育てなければいけないと思っています。

かつて信じたサッカーの未来像

昔ある出来事があって、これから世の中はサッカーを観に行くことになるだろうなと確信しました。30年くらい前のある大雪の日、ポルトと南米のチームとのトヨタカップがありました。そのとき私の隣の席で当時75歳だというおじいさんが、雪のなかじーっと試合を観ていたんです。思わず、わたしは「サッカー楽しいですか?」と聞いてしまいました。そうしたら、「わたしはサッカーが楽しくて仕方がない。国立の試合は全部見に来ています」って言ったです。1900年代の生まれの人からそれを聞いて、自分もこうなりたい!って素直に思ったんですよ。その人に、サッカーを観るという夢を与えてもらいましたね。これはこういうレベルの試合ができるようになれば、将来必ずみんな見に来るなと。そのおじいさんは僕にサッカーを続けていく確信を与えてくれたんです。

横森巧が選んだベスト11

8年後を期待した日本代表候補

監督とコーチは日本人だけれど、しっかりと世界を見れている人ということで中田と宮本。選手は、17歳から20歳くらいを目処に8年後の日本代表として期待できる選手たちを選びました。高校サッカー、大学生、Jユース、Jリーグ隔てなく、これからの日本を担う人材だと思います。

横森巧 プロフィール

横森巧(ヨコモリタクミ)

横森巧プロフィール

1942年生まれ。日川高校でサッカーを始め日体大へ。73年、教員として韮崎高校サッカー部監督に就任、75年に高校総体制覇。14年間在籍中、3回の準優勝を含む5年連続の4強入りを果たす。その後、同県サッカー協会理事長を務めながら、ヴァンフォーレ甲府の立ち上げに関わり、09年1月から山梨学院高校の監督に就任。第88回全国高校サッカー選手権大会初出場で初優勝に導く。

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