サッカーを愛して止まないあの人の ゆめのはなし

欧州、南米をはじめ世界中のサッカーを追いかけ、アフリカへの造詣も深いスポーツライター、熊崎敬。柔らかな筆致で的確にサッカー切り取ってきた取材者は、アフリカ初のワールドカップに何を見たのか。

ブブゼラとシャバララと

大会期間中の南アフリカの雰囲気は良かったですよ。確実に電波を拾ってしまうみたいに、どこにいても“あの音”が聞こえてくる(笑)。初めは心底ウンザリするけど、慣れてくると心地よくなってくるのがブブゼラの不思議です。南アとメキシコとの開幕戦は、ソウェト(ヨハネスブルク近郊の旧黒人居住区)の中でもひときわ貧しいエリアに暮らす友人の家で観ていました。僕は10年ほど前から何度かソウェトを訪れていますが、今回はタウンシップ全体に、「この瞬間を100年待っていました」という祝祭のムードが充満していましたね。シャバララのオープニングゴールの瞬間は、もう優勝したみたいな盛り上がり。結局これが最初にして最後のピークだったわけですが。治安や輸送手段など問題はたくさんありました。でも、世界中の視線がソウェトのサッカーシティに注がれることの誇らしさ、このタウンシップ出身のシャバララやモディセがこの大舞台に立ち、すごい選手たちと自分たちの町で対戦するということ、その瞬間、その場所に自分が生きていることのすごさ。そういったことを、南アでは12、3歳の少年たちが、言葉と体全体で表現できるんです。2002年の日韓大会のとき僕は30歳くらいでしたが、彼らほどの表現力を持ち合わせてはいなかった。だから、あそこにはワールドカップをやるにふさわしい人たちがいた、という言い方もできると思います。

そしてブブゼラの熱は冷めた

もう一つ現地で興味深かったのは、南アの白人が黒人への友好の姿勢を示していたことですね。南アが0-3で完敗したウルグアイ戦でも、多くの白人が黄色いユニフォームを着て、ブブゼラを吹き、スタジアムを盛り上げようとしていました。ところが前半、フォルランに先制ゴールを許すと、黒人ファンは明らかに戦意喪失。黒人が意気消沈し、白人が空回りするという、非常に残念な(?)光景を目の当たりにするはめになったわけです。折しもあの日は、アパルトヘイトへの抗議活動「ソウェト蜂起」の記念日でした。そんな大切な日に、0-3でやられてしまうというところが、南アの頭の痛いところです。南アの敗退以降、街で聞くブブゼラの音が一気に減ってしまったのはさみしかったですね。

マラドーナ、5度目のワールドカップ

僕らが子供の頃のワールドカップには、何か神秘的なものがありました。路地裏から生まれた神童が国を救うおとぎ話みたいなね。でも、スペインの優勝って、そこそこの家庭に生まれたそこそこの子が、学校に行きながらサッカーのエリート塾に通い、技を磨き、人気が集まり、ワールドカップで優勝して祝福されました。そんな現代的なストーリーという気がするんですよね。アルゼンチンの人は、86年にマラドーナが作った神話の世界に生きているというところがあります。以来24年間勝てず、最後は神頼みでマラドーナ。そして負けるべくして負けた。それは愛すべき“小僧たち”のサッカーが、スポーツとしてのサッカーに叩き潰された瞬間だったと僕は思っています。サッカーにはもうアルゼンチン人が愛する“ミスティカ”(神秘)は必要ないということなのかもしれません。

メッシがマラドーナになれない理由

バルセロナ育ちのメッシは、今回もいわゆる「アルゼンチン人」になれず、批判を浴びてスペインに帰ってしまいました。今回のアルゼンチンは、メッシが大 勢のDFを引き付け、仲間がゴールを決めることで勝ち進んで行きました。ただ、ドイツ戦に関しては、もうメッシが決めるしかないという試合でしたよね。かつてマラドーナは、この手の決戦になると腹をくくって大立ち回りを演じましたが、メッシはマラドーナのように“ケンカ”ができない。マラドーナは生まれつきの天才と言われますが、マラドーナの故郷の友人たちは、「あいつは生まれつきのリーダーだった」と言います。「味方がボロボロになればなるほど、あいつは先頭に立って走った」と。メッシがマラドーナになれないのはそこだと思うんです。まあ、メッシにも言い分はあるんだろうけれど。サッカーファンとしては、ドイツ戦でメッシがゴールを決めて、マラドーナと抱き合うところが見たかったなあ。

日本戦は特別だけど

デンマーク戦を取材しているときは、ここにいて良かったな、と思いました。でも、パラグアイ戦に関しては…。現地にいたライターがこんなことを言うのは信じられないかもしれないけれど、ため息をついて観ちゃうような試合でした。120分家に帰らずにいてくれた南アのファンに、心の中で「すいません」と謝りながらね。日本のテレビの装飾なしに毎日いろんな試合をフラットに観ていると、日本戦だからといって無条件に盛り上がるという気分にはどうしてもなれないんです。日本戦はもちろん特別な試合だけど、どこかでアルゼンチン対ドイツと比べながら観ている。そのぶんデンマーク戦はうれしかったし、僕がよく会っていた南アのおじさんは本田が大好きだし。日本にいると「ニッポン、ニッポン!」ってなるけど、海外ではフラットなファンが試合を見て正直に評価してくれるんですよ。そこで本田が称えられれば、日本人としてはやっぱりうれしいですよね。

次の夢舞台までに

これまで海外サッカーを数多く取材してきましたが、いつまで経っても自分の下手な英語が通じず恥をかき続けていますが、そういう経験がなきゃ人間進歩しませんから。計画通りなら、今ごろはスペイン語にも堪能だったはずだけど、2014年のブラジル・ワールドカップまでには、ポルトガル語をマスターしたいですね。

『JAPANサッカーに明日はあるか』(文藝春秋)
日本代表とJリーグ、JFLから地域リーグまで、日本サッカーのあらゆる面に光を当て、協会やメディアの行動原理を問う。豊富な海外経験を持つジャーナリストが、日本サッカーの未来のために書き下ろした文庫オリジナル版。

熊崎敬が選んだベスト11

「祝アフリカ開催」ベスト11

アフリカでのワールドカップを記念し、アフリカ人オールスターを結成。しかし、予想を裏切る不振のため選考は難航。過去のレジェンドやアフリカの血を引くデサイーやジダンにも参加してもらい、なんとか11 人を埋めました。気まぐれ小僧シャバララの選出には異論反論ありそうですが、南ア最大のタウンシップ「ソウェト」の出身ということで優遇。この面々が試合をしたら、3点くらい軽く取れそう。しかし、5、6点は取られるでしょう。スタジアムはブブゼラや太鼓の大音量が鳴り響き、大騒ぎになるでしょう。

熊崎敬 プロフィール

熊崎敬(クマザキタカシ)

熊崎敬プロフィール

1971年生まれ、岐阜県出身。サッカー専門誌を経てフリーランスに。著書に『熊さんのゴール裏で日向ぼっこ』(駒草出版)、『JAPANサッカーに明日はあるか』(文藝春秋)など。趣味はサッカー、野球に時代小説。胸を打たれたチームは1998年フランス大会のパラグアイ、2002年のアイルランド、ユーロ08のトルコなど。日本もいつかそうなるといいな。

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