サッカーを愛して止まないあの人の ゆめのはなし

コーチとしての指導経験を生かして、ピッチ上のディテールを追い求めながら、愛情豊かにサッカー文化を語るサッカージャーナリスト。スペイン・バレンシアで活動を開始し、5年を経て日本に帰国した小澤一郎が、自身のサッカーライフを語ってくれた。

FWだったらファン・バステン

サッカーとの出会いは小学校3年生のとき。友だちに誘われて、地元のサッカー少年団に入ったのがきっかけでした。そのときのポジションはFW。中学はDFをやって、高校では中盤でした。幼いのころのアイドルは、オランダ代表のファン・バステン。親に買ってもらった『サッカーマガジン』が、88年の欧州選手権を特集していて、ファン・バステンがすごいゴールを決めた写真が載っていたんです。90年代に入って、彼がプレーしていたミランが強かったこともありますね。ミランのオランダトリオは今でも人気ですが、フリットでもライカールトでもなく、ファン・バステン。FWだったので、ああいうストライカーが好きでしたね。

その気になったカンプノウ

僕が通っていた高校サッカー部はあまり強くなくて、3年の選手権の京都府予選はベスト8で負けました。その後1年浪人して早稲田の教育学部に合格。教育学部を選んだのは、教員免許を取って高校のサッカー部の顧問をやれればいいかな、という大雑把な考えでしたね。

スペインサッカーを初めて生で観たのは大学2年次のサラマンカ短期留学のときでした。カンプノウでバルセロナ対バレンシアを観たあとはもう、ここでサッカーを勉強したい!という気になっていましたね。大学4年のときにバルセロナに半年間留学して、本格的にスペイン語を勉強しました。この時期にはスペイン人との交友関係もずいぶん広がりました。

バレンシア・サッカーライフ

そして、2004年にバレンシアに行きました。コーチ志望だったので、非公開練習が多いバルセロナとレアル・マドリーはパス。当時2強に続く存在だったのが、イルレタ監督のデポルティーボかベニテス監督のバレンシアでした。ラ・コルーニャはビザが取れる外国語学校がないので、最終的にバレンシアに落ち着いたわけです。バレンシアの練習場に通い始めてしばらくすると、トップチームの選手たちが気さくに対応してくるようになりました。「こいつコーチになりたいんだって」という感じで。あの時期はいろんな選手と話をしましたが、現役時代から指導者になるための勉強をしていたルフェテ(現エルクレス)とか、いまインテルでベニテスのアシスタントコーチをしているペジェグリーノとは、よくサッカー談義をしましたね。ただ、この時期にスペインの指導現場を見てわかったのは、コーチ業だけでは、とても食べてはいけないということ。スペインで生活していくために、僕が次に目指したのがライターでした。コーチ修行中に『スポーツナビ』に原稿を書かせてもらったこともあったのですが、転機は2006年のワールドカップのとき。当時サラマンカでライターをしていた木村浩嗣さんが『フットボリスタ』という海外サッカー週刊誌の編集長をやるというので、そこに原稿を載せてもらうようになったのが本格的なライター業の始まりでした。

今季のリーガ、勝つのはレアル・マドリー

今季のリーガ最大のトピックとしては、やはりモウリーニョのレアル・マドリーでしょうか。いまのところチームは機能していないけど、モウリーニョは一流のリアリストだし、彼も「結果はあとだ」と釘を刺していますよね。遠からずレベルの高いチームに仕上げてくるのは間違いない。チームの成熟度は間違いなくバルサが上ですが、今季はレアル・マドリーが勝つと僕はみています。ここ数シーズンでグアルディオラがOKして獲得したフレブ、チグリンスキー、カセレスの放出で、クラブは巨額の損失を計上しているし、イブラヒモビッチの移籍はその最たる例ですね。たぶん相当難しい性格の監督だと思うんですよ。そのへんのボロが見え始めてきたからには、そろそろ勝てなくなってくるんじゃないかなと僕はみています。

カテゴリー不要論

いままで海外でライターを始めて日本に戻ってきたというケースはあるけど、海外にいるときから日本のサッカーと比較をしたり、提言をしてきたライターは少ないと僕は思っています。日本に帰国した今年は、そういうところを意識してやっていきたいなと考えています。それから、日本はカテゴリーによってライターまでもカテゴライズされている。僕も良く聞かれるんです。「どのカテゴリーを扱うライターさんなんですか?」って。A代表を見つつ、ユースを見るからこそ、いまそこに何が必要かがわかるはず。1つのカテゴリーの中で勝つためだけの、ブツ切り的な見方では発展しないと思うんですね。そういう垣根を飛び越えるライターになりたいと思います。

小澤一郎が選んだベスト11

取材して好印象だった選手ベスト11

マスコミ嫌いで有名なプジョルは、クラブワールドカップのときに取材しました。前の取材班が引っ張るものだから、僕のときにはプジョルの機嫌が最悪で(笑)。僕は「必ず5分で」と約束して、その通り取材を終わらせたら、その後の写真撮影をすごく丁寧に対応してくれて。こちらがきっちりやれば、選手もきっちりやってくれるんだな、というのがよくわかった選手です。ピレスは絶対入れましょう、左のサイドですね。あの人何でもやってくれますから。それからマタ!左サイドでかぶるから、ピレスを右に(笑)。テクニック系の技術本を彼でやらせてもらったんですけど、どんなリクエストにも応じてくれました。マタと1対1しましたよ、僕(笑)。間合いに入った雰囲気はそれほどでもないのですが、一瞬の速さとテクニックがすごい。逆にピレスはそれほどテクニックがあるタイプではなかったけど、体がしなるうえに強い。ひょろっとしているのに、実際当たったらすごいんです。トップはわかりやすくビジャとメッシにしましょう。ボランチ二人は、まだ健在のセナ。最後は無難にアルベルダ。彼の場合は特別好感度が高いわけではないのですが、プロフェッショナルなので。ビジャはやんちゃ坊主で素っ気ないのですが、ファン対応がすごくいい。落ち着いた気分のときはちゃんと対応しますよ。ただ面白いことは言わないけど(笑)。監督には話し始めたら止まらない、マシンガントークのイルレタさんを推薦します。

小澤一郎 プロフィール

小澤一郎(オザワイチロウ)

小澤一郎プロフィール

1977年、京都市生まれ。サッカージャーナリスト。スペイン在住歴5年。2010年3月に日本帰国。『スポーツナビ』、『footballista』、『サッカークリニック』、『サッカー批評』、『サッカー小僧』、『ジュニアサッカーを応援しよう!』などで執筆中。著書に『スペインサッカーの神髄』(サッカー小僧新書)。まぐまぐよりメルマガ『小澤一郎の「メルマガでしか書けないサッカーの話」』を配信中。

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