サッカーを愛して止まないあの人の ゆめのはなし

特殊翻訳家として、ウィリアム・バロウズやJ・G・バラード、ジョン・ウォーターズなど、肩書きに違わぬ特殊な人々の作品群の翻訳で活躍している柳下毅一郎。そして、自身サッカーオタクであり、世のサッカー好きにはサッカー・ジャーナリスト、サイモン・クーパーの翻訳家としても知られている。映画評論家でもある柳下に、サッカー映画ベストイレブンとともに聞いたサッカーオタクの観戦学。

生で観てきたサッカー界の伝説

球技は何でも好きだったんですよ。野球はもちろん観てましたし、アイスホッケーとかラグビー、アメフトとか、日本ではマイナーなスポーツも観ていました。肉弾戦が好きだったのかもしれないですね。サッカーはテレビで観始めた口で、最初はダイヤモンドサッカーでした。正月は高校サッカーと天皇杯の間にラグビーを観るみたいな感じですね。あの頃サッカーの人気はあまりなかったですけど、オタク趣味的に海外スポーツのマニアックなファンはいたと思うんですよ。だからそういう人向けの情報はけっこうあって、月刊誌で「イレブン」ていうサッカー雑誌を買って読んでいました。昔からずっと観てきてるのでつまらない自慢はあって、「ジョホールバルの歓喜」は生で観てますし、木村和司の伝説のフリーキック「メキシコの青い空」も生で見てます。こればっかりは長くみているおかげ(笑)。Jリーグでは開幕当初から鹿島ファンです。設立当時、Jリーグは理想のリーグでした。最近はいろいろ言われることも多いですけど、川淵さんは圧倒的な夢想家でしたよね。理想のサッカーリーグを作ろうっていう理念を持っていた。そのことは間違いなかったと思うんです。川淵さんみたいな夢想家がいなければ、こんなリーグはできなかった。やっぱりサッカーファンは共有できたんだと思うんです。ぼくにとっては、それを体現してくれたのが鹿島だったんですね。

サッカーオタクのポジショニング

自分がプレーしないというのもあるとは思うんですが、プレーをするより、サッカー評論やスポーツ評論に興味があって読んでいました。特に蓮實重彦=草野進が書いている野球評論を読んで、ああ、これはおもしろいなと思ったし、サッカー本では『スタジアムの神と悪魔』に書かれているような、南米とかアフリカで魔術師がサッカー遠征についていくというような話しもすごくおもしろかった。チームができる前からのライバル関係とか、都市間の話とか、歴史的なものが入ってきますよね。それってサッカーにしかないことだと思うんですよ。オランダ対ドイツの試合の時に第二次世界大戦の因縁が、みたいな話になるのは。スタジアムに行くときは、たいていはバックスタンド最上段で見てます。センターラインの延長線上。サッカーオタクの指定席と呼んでるんですよ。試合の流れは一番よくわかる場所です。でも、そういう場所って選手やサポーターたちと一体感がないんですよ。だからか、僕はチームと自分とは関係ない、自分がどれだけ大声だしても勝ち負けとは関係ないと思ってしまう。それは日本代表が延々負け続けるのを見てきた歴史がそうさせた(笑)っていうのもあるんですけど。まあサッカーは基本的には負けるもんだって思います。ワールドカップの優勝チームだって四年にひとつしか出ないわけですし。それ以外のチームはみんなどこかで負けちゃうんですよ。

サッカーの本質は、緊張が解放される瞬間にある

サッカーって退屈なスポーツだというか(笑)実は、娯楽ではないと思うんです。サッカー場に行くと、どんなに点が入ったって、2対1とかで、3対2になればかなり荒れた試合。多くは1対0とか0対0で終わってしまう。ということは、2時間寒い中ずっと座って終わってしまうこともあるわけですよ。そう考えると、サッカーはずっと緊張して待って、「入った!ヤッター!」と解放される瞬間のためにずっと待ってるスポーツなんだと思うんです。
スタジアムで見ていると、そういう待っている時間こそがサッカーの本質で、ゴールの瞬間は緊張が解けるだけみたいな。だからゴールはむしろホッとしますよね(笑)。テレビで見ているとゴールの瞬間に盛り上がるんだけど、スタジアムだとゴールの前と後に一瞬の間がある。反対側のゴール裏なんかにいると、ほんとに入ったのかどうかもわからない(笑)。「え?入ったの?やったー!」みたいな。それこそジョホールバルで岡野がゴールを決めた時も、誰が決めたのかわからなかったですからね。印象に残っているシーンという意味では、むしろ、結果としては外したんですけど、延長戦で(イランの)アリ・ダエイがゴール前で、どフリーになったあの一瞬の方が忘れられません。もう本当に腰が抜けましたもん。この感覚は他のスポーツにはないですよ。

柳下毅一郎が選んだベスト11

サッカー映画のベスト5と“ベストイレブン”

今の気分でサッカー映画のベスト5を選ぶなら、1「ぼくのプレミア・ライフ」、2「エリックを探して」、3「ケス」、4「マラドーナ」、5「そして人生はつづく」ってとこかな。スポーツ映画っていうと「巨人の星」じゃないけど、スーパースターがスーパープレイで勝利をつかむ、みたいなものが多いですよね。でも、サッカーでそれをやってしまうとウソ臭いんですよ。NIKEのCMっぽいというか。あんな拵えられたゴール、あるわけないだろ、と思ってしまう。じゃあ、リアルなサッカー映画は何かって考えると、観てる側の話だろうという気がするんです。サッカーを人生の象徴、メタファーとしていくような。そういう意味でニック・ホーンビィの「僕のプレミア・ライフ」は大好きな本です。ホーンビイはアーセナルのファンなんですけど、アーセナルって名門で強いチームじゃないですか。だから誇りをもって語ったっていいはずなのに、ずっと負けている話しか書かれていない(笑)。

ベンゲルが来る前のアーセナルは「勝つけど退屈なサッカー」の代名詞みたいなチームでだったんですよね。ディフェンスは固いけど攻撃がダメっていう。そういうダメなところばっかり語っていて、ちっともチームが好きそうに見えない(笑)。でも、本当のサッカーファンってそういうもんじゃないかって気がしてならないんです。「ケス」の監督ケン・ローチの作品は、いつもイギリスの労働者階級を描いていて、たいていサッカーのシーンが出てきます。草サッカーをやっていたり、スタジアムに観に行くシーンが出てきたりするんですけど、サッカーが生活の中にあって、その喜びや悲しみが人生の喜びであり悲しみであるというほど、サッカーは生活に欠かせないものなんです。ベストイレブンはそんなケン・ローチを監督に、サッカー選手が出ているものから、サッカーシーンがどこに出てくるのかマニアしか気づかないないものまで、サッカー映画で選びました!

柳下毅一郎 プロフィール

柳下毅一郎(ヤナシタキイチロウ)

柳下毅一郎プロフィール

映画評論家/特殊翻訳家。1963年大阪府生まれ。東京大学工学部建築学科卒。JICC出版局(現宝島社)の編集者を経て、映画評論家、特殊翻訳家、殺人研究家として活動。著書に『興行師たちの映画史』(青土社)『ファビュラス・バーカー・ボーイズの映画欠席裁判』(町山智浩との共著/洋泉社)など。主な訳書にサイモン・クーパー『サッカーの敵』(白水社)、ジョン・ウォーターズ『悪趣味映画作法』(青土社)、J・G・バラード『クラッシュ』(ペヨトル工房)など。

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