サッカーを愛して止まないあの人の ゆめのはなし

鈴木慶一に遠藤賢司。鈴木はムーンライダーズのボーカルや映画音楽、ゲーム音楽の作曲家として、遠藤賢司ことエンケンは、ジャックスやはっぴいえんどらと共に活動した時代から現在まで“純音楽家”として、活躍を続けてきた。6、70年代から日本の音楽シーンを牽引してきた二人に、サッカーという共通項があることはあまり知られていない。いまも現役でサッカーを続ける鈴木と、独自のサッカー論を持つエンケンのサッカー談義。(注意:No.70と71にそれぞれお名前を分けて掲載させていただきました。ご了承ください)

思想としてのトウキック論

今日はサッカーをテーマに対談していただくには、意外な組み合わせのお二人にご登場いただきます。

鈴木慶一(以後S):エンケンのサッカーへの思いはすごくおもしろくて好きなんです。話のイントロとして一つ言うと、エンケンはインサイドキックが嫌いらしい。ボールがきたら、インサイドでもインフロントやインステップでもなく、つま先で蹴る。
遠藤賢司(以後E):そうそう、つま先で蹴る。下手なんだけどね。気持ちだけでも。
S:トウじゃあまりにもね。ヨーロッパでは、90パーセント以上インサイドだよと言っても絶対トウなんだよ。サッカーに対する姿勢として、ボールがきたらつま先で蹴るっていうことなんだよね。
E:そうです!つまらない選手ってセオリー通りの蹴り方するんだよね。学校で教えられた通りの。それがすごい嫌いなんだ。自分で工夫して蹴るのが好き。教科書通りに蹴ってその人が一番上手いというのがやだな。実際サッカーは慶一のほうがかなりうまくて、俺は下手なの。でも、いま練習してるよ、ほんの時々だけど。俺なりに(笑)
S:エンケンはそこがいいんだよ。俺なりの速いインサイドがあるっていって練習してる。
E:中村俊輔はわかるじゃない。必死に努力し獲得した自分のスタイルで蹴っている。下手な選手って、選手の進む前方じゃなくて、後退させる方に蹴るでしょう。しかもノロノロ、それって時間泥棒ということで、客に失礼だし、プロじゃないよ。
S:岡ちゃん時代のバックパスを多用する日本代表の感じが嫌いなんだよね。
E:いやいや、今はだいぶ快くなったけど、ゴールが見えてくるような気持ちの入ったパスなら良いんだよ。ただただ責任回避の根回しをしてるようで、日本の政治とそっくり。

サッカーへの憧れも、音楽のように長髪からだった。

お互いをサッカー好きだと認識しはじめたのは、いつ頃からですか?
 
S:互いにサッカーの話をするようになったのはここ5年で、随分最近のことだと思うんです。
E:慶一に5年ぐらい前にフットサルやらないかって誘われたのが最初。慶一ができるなら俺もやれるかもしれないと思ったんだ。慶一ははるかにベテランだってのにね。ルールなんてほとんど知らなくて、オフサイドだけは頭の中では知ってたつもりなんだけど、実際にプレーをするとこれまた焦ってハチャメチャでね。
S:最初、オフサイドのないフットサルをやっていたから、フルコートのサッカーをやるようになったら、エンケンが一番後ろでキーパーの前にいるんだよ。
「エンケン、そこにいたらオフサイドとれないよ」って言ったの。そしたら「いや、誰もいないから心配で」って言ったんだよ(笑)。俺それを聞いてすごくいいなと思って、ものすごく覚えているんだ。いっつも心配でそこに戻ってるんだよ。
E:サッカーを好きになったのは、93年のJリーグ開幕から。開幕の日、関西ツアーに出るために、楽器車で環八から東名に入るマクドナルドのとこだったんだけど、そのときラジオから日本で初めてのプロサッカー試合の歓声が車中に響いたんだ。それを聞いてサッカーって凄いと思った。これは民主主義の始まりだと思った。観客の一人一人があれだけ大声をあげられる競技って他にないと思った。だからサッカーが好きになったんだ。本格的なプロのサッカーリーグが作られなかったのは、国民の声を抑制するための、為政者の企みだったのかとも思った。まあ政治家のせいばかりじゃなく、根本は俺も含めて、我々個々人の問題なんだけどね。
S:不思議なものだよね。その歓声を聞いた場所って、いまサッカーをやっている砧公園の辺だもんね。
E:そうだ。偶然だね。
S:俺もサッカーに目覚めたのは93年だね。
E:俺は高校の体育の授業で二時間だけの経験、慶一は高校でやってたんでしょ?
S:やってたけど、1年半だけだよ。
E:あっそうなの、でも羨ましいな。なんで始めたの?
S:68年のメキシコオリンピックだよね。高校1、2年くらいで観て、サッカーいいじゃんと。大きかったのは、ひとりだけ長髪だったジョージ・ベスト。その年頃って長髪に憧れるじゃない。夏休みだけ伸ばして、最終日に切るというようなこともやっていた(笑)。そこからダイヤモンドサッカーを見るようになったりするわけだよね。音楽始めてからはスポーツとあんまり縁を持たなくなっちゃうんだけど、30歳ぐらいになったらまた野球やったりして、93年にサッカーを本格的に始めたんだ。だからJリーグはほんとに大きいと思う。

文化のメタファーとしてのサッカー

S:エンケンが民主主義と言ったけど、俺もそれは思った。けど、もうひとつ思ったのは、世界のナショナリズムと戦いが始まるんだなということ。日本の場合、ナショナリズムに関して他の国とは別のかたちを取っていると思っていたのが、ついに同じテーブルに乗っちゃうんだなと。
E:慶一とほぼ同じ考えなんだけど、あえて。本当の民主主義は独立と平和が基本で、国民一人ひとりが自分の人権を守る闘いと、突然攻めて来た外国軍に自国軍がどう対処していくかってことでしょう。この日からやっと少しだけ独立して世界との戦いの場に、物真似翻訳じゃない日本独自の闘いかたを、模索しながらバリートゥードなゲリラ戦に巻き込まれるんだなって思った。それと音楽を含む芸術もね。なのに日本のサッカーでいやなのは、スマートって言葉におどらされて、ヨーロッパ的とか言って、汚れの少ないサッカーがかっこいいと思ってるところ。ほんとの意味でのスマートって、頭を絞って練習して泥々になって蹴り合う、泥臭いサッカーのことなんだけどね。独自の解釈と工夫の足りない国だね。
S:サッカーはどこかはみださないと勝てないんだよね。監督の指示どおりじゃ勝てないでしょ。そこにファンタスティックなものが生まれる余地があるわけだし。そういうことを自分の音楽作りに置き換えたりするんだ。要するに生き方だな。音楽もサッカーもやっていておもしろいのは集団と個だからなんだよね。集団のなかで個がどんな会話をかわすかとか、どうパスをだすか、誰かがパスを出したら信頼して走り出せるかとか。全部含めて、今の生き方と凄くフィットしているんだよな。アルバムやライブをつくるとき、各楽器のパートや演奏者をDFとかMFに置き換えると俺のなかではわかりやすい。93年に再びサッカーに目覚めてからは、そう考えてしまうほどサッカーが大きな存在になってしまっているね。野球とか、アメリカのスポーツは攻撃と守備で時間を区切らなくちゃだめでしょ。選手も全員入れ変わっちゃう。
E:顔も見えないし。
S:そう、うまいこというね。サッカーは審判によって若干ジャッジも変わるし、ロスタイムもある。そういう意味で日常と重なるというか、繋がっている感覚がある。
E:サッカーは俺、俺自身なんだよ。だから好き。例えば、俺がいつか歌おうと思って書きとめといたサッカーについての言葉に、「選手も観客も審判も、ひとりひとりが必死に今に生きる、痛がっている顔、ずるい顔、気取った顔、嬉しい顔、悲しい顔、すけべな顔、正義面、悔しがっている顔、素直な顔、殺したい顔、優しい顔、みんな俺の顔だ、だから、サッカー!サッカー!サッカー!」というのがあるんだ。観客はサッカーの試合を見て自分というものを確かめ安心するんだよね。選手も闘いながら自分を確かめるんだよね。観客の男も女も、ナデシコジャパンもサムライジャパンも、人間そのものを見せてくれる。それがサッカー人気の理由だと思う。長友や香川や本田や中田を観て、海外の人が「日本人ってかっこいいんだ」と思ってくれる。膚色が違う何国人でもチャントヤル奴はいいなあって。それがほんの少しは戦争の抑止力になってる気がするんだ。
S:その人が俺であってほしいし、俺でいたい。
E:一人ひとりが責任もってみんなを引っ張っていかなくてはいけない。俺がバンドやるときも、サッカーも同じだと思う。団体のサッカーというのはなくて、個々人あってのサッカーなんだよ。俺の音楽もね。それをバンマスや監督がどうまとめるかで、個人があっての団体なんだよ。それは個人対国でもあるね。
S:そうなんだよね。11人の個人が集まった団体なんだよね。監督のほうを見つつやるんだけど、あるときは反乱を起こすかもしれない。そういうことがピッチ上にあるからおもしろい。それはオヤジサッカーでも同じだよ。
試合とか練習が終わったあと反省会といいつつ飲むんだけど、そこでずっと今日のサッカーの話をするのね。エンケンのあのプレーよかったよ、でもあのスローインはファールスローだよとか(笑)。4時間ぐらいかけて喋りつくすんだ。

遠藤賢司が選んだベスト11

対決、二人のベスト11

S:ベストイレブンはうちのチームに参加した、もしくは対戦したことのあるミュージシャンや演出家、役者で作った11人。監督は、戸田“モウリーニョ”誠司(ex FAIRCHILD)にしよう。そういえば、高田漣くんは二回しかうちのチームの練習に来てないんだけど、漣くんとエンケンが一緒のピッチに立って、パスを交換したとき、エンケンが感動してたんだよ。親父さんの高田渡さんが亡くなった直後で、まさか息子とサッカーをすることになるとはって。
E:そう、亡き(高田)渡氏とサッカーしてるみたいだったよ。漣くんも優しい奴で、渡氏と背も同じくらいでね、渡氏と一緒に走ってるような気がして、とても不思議な日だった。漣くんの子供の月歩ちゃんとボール蹴りをしたり、オフサイド講義を受けたり、嬉しかったな。渡がそばで微笑んでるようでね。ほんと。ところで、うちのチーム「日韓主体世界蹴球連合軍」は本来のポジションに関係なく全員FWで、闘莉王だけGKを兼ねます(笑)。慶一のチームのオフサイドと無制限の選手交代は笑許!(笑)。監督はザッケローニで、助監督に釜本、ドゥンガ、ラモス。ジェスチャーでの通訳に、元気象予報士の半井小絵と江頭2:50。控え選手には、ゴン中山、キングカズ、松田直樹、ノ・ジュンユン、エジムンド、ドログバ、ツィーゲ、ルーニーにいてもらう。
S:じゃあ、うちはサッカーをやってたと言いながらまだ一緒にやったことがない、高橋幸宏を控えにしよう。

遠藤賢司 プロフィール

遠藤賢司(エンドウケンジ)

遠藤賢司プロフィール

1947年茨城県出身。「エンケン」の愛称で親しまれている。自らを音楽的ジャンルにとらわれぬ「言音一致の純音楽家」と称する、日本のロックとフォークにおける代表的なミュージシャンのひとりである。69年にシングル「ほんとだよ/猫が眠ってる」でレコードデビュー。代表曲に「カレーライス」「不滅の男」「東京ワッショイ」「夢よ叫べ」などがある。96年にサッカー応援歌「頑張れ日本」を作曲しアルバムに収録、以降98年02年のW杯の年にアレンジを変え発表している。2012年1月13日誕生日に新アルバム発売予定!

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