サッカーを愛して止まないあの人の ゆめのはなし

バルセロナ五輪日本代表として100m×4リレーで6位入賞を果たしたアスリート、杉本龍勇。現在は法政大学経済学部教授としてアカデミックな日常を過ごす傍ら、Jリーグクラブやラグビー・トップリーグ所属チームのフィジカルアドバイザーとしても活躍してきた。研究室とグラウンドの2つの世界を自在に行き来する彼が、スポーツの魅力を語る。

日本代表FW岡崎との出会い

浜松大で陸上部の監督をしていたとき、当時サッカー部の監督をされていた長谷川健太さんに頼まれ、兼任の形でサッカー部のフィジカルトレーニングを指導していました。長谷川監督が清水エスパルスの監督に就任してからは、同じ形でプロサッカー選手のトレーニングを担当しました。あの時期には岡崎選手も指導しましたよ。入団当初の彼を初めて見たとき、この選手は基礎の基礎から徹底的にやらないと成長しないまま終わるかもしれない、と思いました。“気持ちで勝負するタイプ”と言えば聞こえはいいが、それだけで活躍できるほどプロの世界は甘くはない。だから私は彼に「地味な練習から入ろう」と言いました。彼に関して言えば特別なトレーニングは何もしていません。基礎的なメニューを気が遠くなるほど繰り返しました。そして5年が経ったころ、彼の体に太い軸が備わりました。まず、彼はプレー中に倒れなくなった。もともと足が速い選手ではないので、必然的に相手DFとの接触が多いのですが、当たられても転ばなくなったんですね。気がつけば足も速くなり、上半身をうまく使って密集をすり抜ける場面も見られるようになりました。ただクロスに走り込んでシュートする選手だった彼が、最近では足もとにボールが収まるようになり、シュツットガルトではゲームメイカーのようなプレーまで見せています。少しずつ段階を踏んで成長している彼は、2011-12シーズンもスケールアップしますよ。

本物の指導者とは?

走ることは子供のころから速かったですね。「こういう走り方をすれば速く走れる」というイメージが、小さなころから私の頭の中にありました。中学、高校、大学では、それをいかに現実の速さに結びつけるかを考えながらトレーニングしていました。ただ、コーチから与えられたメニューを必ず一度自分で分解して、何のためにこの距離で、この速さで、この本数でやるのかを、自分なりに納得しないと一生懸命練習しなかった(笑)。昔の先生にとっては嫌なタイプの生徒です。でも、知識を知恵に変えることができる指導者は、昔もいまも少ないと思っています。サッカーで言えば、いまはいろんな方がバルセロナのサッカーを解説しています。指導者の仕事は、それらを一度自分の言葉に置き換えて子供たちに伝わる内容に落とし込み、さらにバルセロナの選手の資質と自分が教えている子供たちの資質を考慮したうえで、自らの知識にフィットする戦術に落とし込むこと。私はそう考えているんです。二重三重にフィルタリングする作業はとても時間がかかるし、限界まで知恵を絞りトライ・アンド・エラーを繰り返さなければなりません。その手間を惜しむ指導者がとても多いんです。それはあらゆる競技に当てはまるし、日本だけではなく世界中で言えることだと思います。

スポーツのすべてが知りたい

大学卒業後、私は5年間ドイツに留学しました。スポーツ文化が定着しているドイツで、私は素晴らしい指導者、素晴らしいスポーツ経営者、連盟などのオフィシャルな場で政治的に活動している人たちと知り合うことができました。
その経験を通して、スポーツの2つの側面、つまり「トレーニング」と「経営・経済」を両立させたいと考えるようになったんです。ドイツ留学でトレーニングの知識はある程度集積できました。ですが、私の専門は経済学。研究分野はスポーツ経済やスポーツ経営ですから、専門はトレーニングよりむしろ金稼ぎなわけです(笑)。素晴らしい経営者とはどんな人か?それは自分の部下の仕事をすべて把握できる人ですよね。では、素晴らしいクラブオーナーはどうでしょう?彼はまず、チームの現場を理解しています。トレーニングの目的を理解し、いい監督・選手が誰かを理解しています。経営面では、クラブが利益を生む仕組み、チームや選手の付加価値を高める方法を知っています。クラブ経営のあらゆる側面を知らなければ、素晴らしいクラブオーナーにはなれません。それと同じく、経営学や経済学を突き詰めていくと、宿題として、自分が関わる全分野への理解が求められてきます。私がスポーツ経済・経営を研究する以上、自らの経験だけでは足りないのです。最新のトレーニング理論や、子供の体力低下といった社会学的な事象、国内外のスポーツイベントに関するトピックなど、知るべきことは無数にあります。それらはすべて私の中でつながっているし、むしろ「全部やらなきゃダメでしょ?」という発想なんです。

スポーツ選手にインテリジェンスを

私は「スポーツをやっている=スポーツバカ」というイメージを世間から払拭したいと考えています。「文」と「武」のどちらかではなく、その両立を誰もが当たり前に達成できる目標にしたい。パフォーマンスは素晴らしくても、コメントにインテリジェンスを感じない日本人選手が多い中で、人としても素晴らしい石川遼のようなアスリートの割合をどれだけ増やせるか。外国にはそういう選手がゴロゴロいるわけです。だからこそ、スポーツ先進国では、スポーツ選手が尊敬され、引退後には様々な活躍の道があります。指導者としてはもちろん、民間企業で重要な地位に登りつめたり、弁護士などとして第二の人生を送る選手もいます。私は岡崎選手によく言うんです。「引退した後にも、いまと同じくらい、あるいはいま以上に稼げて、応援してもらえる選手になれ」と。そういうことが当たり前の世の中に変えていきたいですね。

杉本龍勇が選んだベスト11

知性を兼ね備えたアスリートのベスト11

ベストイレブンにはインテリジェンスを兼ね備えた選手を。カール・ルイス、ウサイン・ボルト、マイケル・ジョーダン、フランク・フレデリクス、エドウィン・モーゼス…。ここまではすらっと出てきました。ゴルフ界から石川遼と宮里藍を入れましょう。この二人は絶対に嫌われないコメントができる。きちっと躾と教育をされていることが伝わってきます。サッカー界からは岡崎選手ですね。努力を継続することにかけて彼は一流。私も学ぶべきところがたくさんあります。海外サッカーでは、マラドーナもベッカムもベッケンバウアーもちょっと違う。となると、クライフですかね。谷口さんは「マラソンなんかやりたくないんだよ。短距離が速ければそっちをやりたかった」と、世界チャンピオンになった後に言っていましたね(笑)。選手としても人間としても素晴らしい人です。最後の一人は野球界から、40過ぎで完全試合を達成したノーラン・ライアンを選んでみました。

杉本龍勇 プロフィール

杉本龍勇(スギモト タツオ)

杉本龍勇プロフィール

1970 年、静岡県生まれ。法政大学経済学部教授。現役時代は日本短距離界を代表するランナーの1人で、92 年バルセロナ五輪では4× 100m リレーで6位に入賞した。03 年に浜松大学陸上部監督に就任し、長谷川健太監督(当時)率いる同大学サッカー部フィジカルアドバイザーを兼任。05 年から清水のフィジカルアドバイザーを務め、岡崎慎司らを指導した。

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