サッカーを愛して止まないあの人の ゆめのはなし

“最後のアングラ女優”の異名を持つ銀粉蝶という女優をご存知だろうか。落ち着き優しく微笑むような老婆から気性の激しい悪女まで、幅の広い役をこなす演技派な彼女がサッカー好きであることはあまり知られていない。アーセナルを愛し、セスク・ファブレガスに恋をする、もはやサッカーマニアな女優に話を聞いた。

ズブズブとハマっていったヨーロッパサッカー

そもそも父親がかなりの野球好きな人で、生まれたときからスポーツ新聞が宅配されていて、普通の新聞と同じようにスポーツ新聞を読んで育ってきました。中学まではバレーボールや陸上をやるスポーツ少女だったんですが、いまの仕事である演劇の世界はスポーツ好きな人があんまりいないんですよ。だからか、サッカーをちゃんと意識し始めたのは実は最近で、日韓からなんです。かつての釜本の活躍とかはもちろん知ってはいましたけど、強烈な関心を持つという感じではありませんでした。日韓のときは世間があまりに凄かったでしょ?そこで引いた感じがありつつも、試合を観るとやっぱりおもしろかったんですよね。そこから日本戦だけを応援するのではなく、いろいろなサッカーを観るようになりました。観ているといい選手が目につくわけですよ。サッカーが全くわからない私でもそういうのってわかるもので、凄い役者が舞台でひとりだけ違って見えるように、凄いサッカー選手もやっぱり違って見える。そうやってどんどん深みにハマっていきました。夫がスポーツ馬鹿な人でスカパーに加入していたので最初からヨーロッパサッカーを観ることができて、そうしたらもうだめでした。ズブズブと一気にハマって、気がついたらサッカー観戦を中心に生活するようになっていましたね。2008年のユーロで観たスペインとプレミアやチャンピオンズリーグのアーセナルのとてつもないおもしろさ。どちらも思いもかけないような素晴らしいプレーを観せてくれるイマジネーションが溢れていました。私はセスクが命だったんですね。次シーズンは恐らく他のチームに行ってしまうので、もういいんですけどね…。でもほんとは泣きたい…。セスクが良かったときは本当に驚きに満ちた試合が多かった。こちらの想像なんか簡単に超えていくカウンターパンチのようなプレー!一体何歩先を考えてこの人たちは動いているんだみたいな、あの凝縮された瞬間を走り抜ける感じ。あれほど面白いものはないですね。ただ、私は気が弱いのか、試合をなるべく俯瞰して観ようとしてしまいます(笑)。アーセナルってここ一番に弱いことが多くて、よくシュート外すんです。前のめりになって観たいけど、入れ込めば入れ込むだけ失望の反動も大きいから、気を抜いて何気ない風にちょっと寝そべって観てみたりしてます。でも点が入ると「ワー!!」とテレビに駆け寄って画面が指紋だらけみたいな(笑)

野蛮さが一瞬にして洗練と優雅につながる

サッカーは体だけを使う凄く原始的でシンプルなスポーツ。この前サッカーを観ていて、現代版コロッセオをふと思いついたの。古代ローマの戦士たちがいるような。そういう想像をしてしまうくらい私にはサッカー選手が戦っている印象なんです。この感覚は他のことではなかなか感じません。選手はプレーをする時、チームのためと言いつつ自分のためでもありますよね? 両方であってどちらかではないわけでしょ。でも、両方ということは結局はどちらでも無いわけですよね。じゃあ、何のためにやるのか。お金のためだけに90分は動けないと思う。だとしたら、純粋にサッカーをやる喜びがどこかにあるからやるんだと思うの。そういう意味でサッカー選手は誠実なんじゃないかしら。
もちろん皆さん口では金で動いたとか、これぐらいもらわないとやらないよとか言うけど、実際それだけではできませんよね。芝居もそうですが、人に言われたからとか誰かのためにとかいう理由でやるのは無理で、サッカーも芝居もやっている時間がどうしようもなくかけがえの無い、楽しい時間だと知っているからやるんですよね。そういう原始性みたいなものを感じます。それは他のどのスポーツでもあると思うんですが、サッカーはそれをもっとダイレクトに感じます。その原始性や野蛮さのようものが、あるところで洗練と優雅に急に繋がるんですよ。その絶妙な魅力。そういうとてつもない美しさがあると思っています。そういうことは他で感じたことがない。
ところで、日本人はなぜトラップが得意じゃないんですか?トラップが上手くできないから、その先の“ひらめき”に繋がらず、イマジネーションとプレーが連動しないのでは、と感じてしまいます。ボールを持つことより、駄目でも良いから1タッチでやってみてほしい。芝居でも、上手くいかないかもしれないけどスピードが大事な瞬間というのは絶対にあって、ただ速いということではなく、ある瞬間を超えて先に行くような感覚ですね。下手な人はできないのですが、(と言っている自分も下手だからなんなんですが)素敵な人は後ろをどんどん捨てていく。それがなかなか出来ない。流れを止めることによって失うものがどれだけ多いかってことなんです。失われた時間は、試合/舞台全体にしたら膨大な時間になりますよね。流れが切れずに展開が進めばもっとおもしろくなるんじゃないかと凄く思うの。

孤独感と偶然性とイマジネーション

役者が芝居をするときの孤独感ってサッカー選手にもあると思う。あとは偶然性も。サッカーも芝居も自分が勝手にやろうとしても、監督や演出家がこうしてほしいと言えばそれをやることになります。だけどサッカーは足でボールを使う分だけ思うように動けないわけで、偶然の要素が多分にある。
あらゆる瞬間に偶然性がついてまわることが、ワクワクする要因の大きなひとつだと私は思っているんです。芝居も人間がやるものなので判を押したようにはできなくて、凄く偶然に左右されています。例えばその日の発声や体調。自分ではいつもと同じつもりだとしても、共演者がその微妙な違いを感じればその人の演技に影響を与えてしまう。その変化や影響がどんどん転調して波及していく。でも、それが芝居の面白さでもあるんですよね。サッカーも同じゃないかと思うんです。「フィッ!」っていう笛で始まる90分と芝居の2時間は同じで、どちらも毎回始まった時間に誕生して終わった瞬間に死ぬ。内容はある意味その時々の偶然が支配していて、毎回新しく生まれる凄くタフなものなんですね。計算は結局負ける(笑)、私はそんな気がします。徹底した戦術に“偶然”が勝つことは多いにあると思うんです。

セスクに恋し、ナスリに痺れる

10-11シーズンはルーニーのボレーが一番印象に残っています。彼の復活はまだ先だろうなと思っていた時で、いい意味で裏切られて気持ちよかったですね。もう一人はベルバトフが1試合で5点取った試合。気持ちを表に出すわかりやすい選手が好きなプレミアにいて、ベルバトフはすました感じの変わった選手で、マンUサポーターは気に食わなかったんじゃないかと思うんだけど、去年の活躍が凄かった。途中からエルナンデスに代わられちゃうんだけど、なんか哀しくてああいう感じ嫌いじゃないのよね。アーセナルはベントナー以外みんな好き。ベントナーは駄目(笑)。ベントナーは自分が世界で1番凄い選手とか思ってるそうです。だから悪口を言っても平気(笑)。でも私、ナスリにいなくなられたら困る。去年のナスリが凄くよくて、もう痺れる試合があり過ぎてどれと言えないぐらい見事でした。一方で移籍しそうなセスクには本当にがっかりです。一時期、彼に恋していましたから。移籍話は言わば失恋ですよ。セスクって凄く閃きのある、人間的にもシャープな人かと思ったけど、実は鈍臭い嫌な奴なんじゃないかとフラれた腹いせに思うことにしています(笑)。将来ロンドンのスタジアム側に住んでシーズンチケットをなんて思うけど、かなわぬ夢なので、時々でいいからエミレーツスタジアムに観に行きたいですね。とにかくこれからもサッカーを観て驚きたいし、思いもかけない瞬間に出会いたいです。

銀粉蝶が選んだベスト11

ベストイレブン

10-11シーズンでワクワクさせてくれた選手を選びました。ミーハーです。チャンピオンズリーグでのラウール、プロフェッショナルとはこういうことかと圧倒されました。そして、セスクははずします。あぁ、この苦しい決断を彼に知らせたい(プン!)

銀粉蝶 プロフィール

銀粉蝶(ギンプンチョウ)

銀粉蝶プロフィール

1981年、演出家・生田萬と共に劇団「ブリキの自発団」を創立。同劇団の主演女優として活躍し、"最後のアングラ女優"の異名を持つ。気さくで飾らない人柄からは予想もつかない情感に溢れた演技が魅力。シリアスからコミカルまで、あるいは少女から老婆まで幅広くこなす演技派女優として数多くの映画、TVドラマ、舞台に出演している。10年に第18回読売演劇大賞優秀女優賞を受賞。9月4日(日)より放送のテレビ朝日・日曜ナイトプレミア『バラ色の聖戦』に出演。09年の上演で好評を博した、舞台『炎の人』の再演も控える。(天王洲銀河劇場:11月4日(金)~13日(日) )

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