サッカーを愛して止まないあの人の ゆめのはなし

「野武士ジャパン」をご存知だろうか。雑誌を販売する仕事を提供することでホームレスの自立を応援する「BIG ISSUE」などが中心となって発足した、ホームレスのためのサッカーチームのことだ。今年の8月にはパリでホームレスサッカーのW杯も開かれた。日本政策投資銀行に勤務しながら、09年から野武士ジャパンのコーチに就任した蛭間芳樹。小学生の体育の授業のようだったホームレスの人々を、彼はいかにサッカー選手へと導いていったのだろうか。

「BIG ISSUE」野武士ジャパンという存在の驚き

小学校4年生でJリーグ開幕を迎え、カズダンスに憧れサッカーを始めました。小中高と地域の選抜チームやユースチームに所属し、プロを目指してやっていたんですが、大きな怪我が原因でやめてしまいました。結局は実力がなかったのですが、これは大きな挫折でしたね。大学でも、スポーツ少年団のコーチやフットサルは続けていて、野武士と出会ったのは社会人になってから。六本木ヒルズで開催されている日本元気塾の「一人一人が元気でいなければ、国が元気になるわけがない」という理念に共感し、イノベーションがご専門の米倉誠一郎さんのもとで、民間ベースの次世代ビジネスからソーシャルイノベーションまで、様々なプログラムを1年間通して勉強しました。そこで、ホームレスに自立の機会を与える雑誌「BIG ISSUE」を知ったんです。当時の私はホームレスの方々の事情をまったく知らなくて、こんな豊かな国でホームレスってことは、単純に彼らの努力が足りないからだと思ってしまっていました。いま思えば、そこで思考停止していたんですよね。
ニート然り、いろいろな問題がありますけど、結局あるレールから何らかの障害で少し道をそれてしまった人に対してのバックアップが末端まで整備されていない。そこから普通の生活に戻るお手伝いをするのが「BIG ISSUE」なんです。いまとなっては、既定レール自体の存在意義すら怪しいですし、そのことに気が付いていない呑気な人が多すぎる。色々な国家的な問題を解決しなければいけない局面で、社会をリードする人達の思考、目線、スキルが既存不適格です。個人的には現状の延長線上に日本の将来の姿や解があるとは思えません。ある日、雑誌の販売サポートと自立支援をさせていただくなかで、ホームレスの販売員さんから今度の土曜日にサッカーをやるよと誘われたことがあって、試しに行ってみたんです。そこで野武士ジャパンの話を聞いて、驚きました。ホームレス、サッカー、W杯って、単語だけ並べると意味わからないですよね。でも気づいたら、地元でやっていたコーチも全部辞めて、コーチやりますって反射的に立候補していたんです。それが2年前の秋。そこから目標をW杯に定めて、パリ大会までの1年半のプロジェクトがスタートしました。

小さな成功体験を積ませることが、次のステップへ導く

野武士ジャパンは曲がりなりにも日本代表だと聞いていたので、期待をしていたのですが、ひどかった。小学生低学年チームにも勝てないレベルでした。パス、トラップの基礎ができないし、皆さんおじさんなので走れない。このレベルで、W杯に出て他の国と戦おうという目標設定が、そもそもあり得るのかと疑ってしまいましたから。でも、そのプロジェクトの可能性にかけてみたい気持ちもあったんですね。本当に大変でしたけど、その分この1年半で飛躍的に上手くなりました。何より基本が大事で、ひたすらその繰り返しなんですけど、ただ基本を教えても自分で解釈をしてすぐ適応できるタイプの人たちじゃないんですね。だから、ホームレスなわけで。どうしたかというと、彼ら野武士の選手たちに考えさせるんです。というか、考え方をコーチングするんです。ああでもない、こうでもないと体験させて、自分たちで気付いてもらうようにする。そういう機会や環境をどうやって用意するかがすごく重要。本来であれば街頭で「BIG ISSUE」を売ってお金を稼ぐことができる時間を練習に充てているので、楽しくなきゃいけないし、続けてもらうことが大事。上手に小さな成功体験を積ませることがポイントなんです。あとは試合ですよね。下手だから負けるわけですよ。今まで人生で負けてきた方々がまた負けてしまう。そのケアも大切で、すぐに来なくなるとかもありますから。でもそういうステップをひとつずつ踏んでいくと、ベースはサッカーですけども、コミュニケーションはもちろん、彼らが社会にでたときに必要になるスキルが身につくと思うんです。何か困難に直面したときに、自分で考えてどうするかがわかるようになる。次にどうなるからどう動こうというのを常に考えるのは、サッカーでも仕事でも何でも一緒なんですよね。結局、自分に動機付けを与えられるのは自分しかいない、と私は思いますし、空気なんか読んでいたら絶対駄目なんですよ。自分自身のストーリーを創らなければ、他の誰かの計画に組み込まれるしかないんです。まずは、このことに気が付いてほしかった。

“自立”に導くためのサッカーを。

野武士ジャパンのチーム理念は、「BIG ISUUE」の組織理念と同じで「自立」です。それを実現するための手段として、このプロジェクトを位置づけています。毎回の練習やゲームは一勝することを具体的な目標にして、その過程で選手が何かを気づいて、学んでほしい。そうした一つ一つが自立に繋がるものだと考えています。自立とは、例えば家を借りてホームレスではなくなることです。ただ、自立の定義は販売員さんによって違っていて、まずは職に就くという人もいます。要は、今の生活水準からより上位へってことですね。時間はかかりますけど、このプロジェクトが彼らへ与えた影響力はすごくあると思っています。一番は、自分の意見を言うようになったこと。劇的に変わったのはW杯に行ってからでした。日本の代表としてパリまで来ているという責任と意味がわかってきたんでしょうね。前回のミラノ大会のメンバー8人は、戻ってきて7人が就職しました。一方、このプロジェクトに参加していない人たちの就職率っていうのは低い。そう考えると、サッカーが自立に貢献したとも言っていいと思うんです。サッカーを通じて、自分と向き合えるんだと思います。いつもの彼らは、程度の差こそあれ逃げてしまうんですよ。大事なのは、そこから踏ん張れるかどうかなんですよね。このプロジェクトでの私・コーチとしてのミッションは、選手の夢をかなえられるように手助けすることです。会社の管理職や、勝利のみを目指すスポーツ監督よりも、極めてレベルの高いマネージメントやリーダーシップを求められていたような気がしました。彼らのこれからは、私自身のコーチとしての結果そのものですから、未だにドキドキしています。

世界のホームレスの違い

ホームレスW杯に参加して驚いたのは年齢の違いで、他国はみんな若いんです。日本のホームレスはリストラされた人が多くて年齢が高いんですが、ヨーロッパは実力社会で、若い人の方が実力や経験がないためにホームレスになりやすく、結果若い選手が多くなる傾向がある。しかもホームレスの定義が違うんですよ。自分が契約者ではない社宅や寮に入っていると、ホームレス扱いになる国もあるようで、そこから選手を選出している国は強いに決まっているじゃないですか。そんな相手と野武士ジャパンも戦わなくてはいけなくて。文句を言っても仕方がないのですが、なにせ全敗でしたから・・・。相当に練習して、そこらへんのアマチュアチームには負けないレベルまでチーム力は高まったのですが、東京と大阪から4名ずつを選んだ急造チームでもあり、コミュニケーションがうまくいかなかったのと、やっぱり年齢に起因する基礎体力ですね。試合後は、みんな悔しくて泣いていました。

ホームレスW杯、日本大会を!

いま私の夢は、ホームレスW杯を日本で開催することです。実現したら、日本人の価値観や幸福感が変わりますよ。今年、選手たちがパリの街をパレードしたりするのを見て、ああいうのが出来る都市というか国や文化っていいなと素直に思いました。単にお金で解決できる話じゃないですからね。そもそも私自身、数年前まではホームレスを自分の問題と考えていなかったわけで。私たちが日常生活していることが、ホームレスの方のバックアップを潜在的に阻害していたりすることもあるわけで、過度に反応する必要はないと思うんですけど、皆さんにも少しでもいいので彼らの存在を頭に入れておいていいただければと思っています。今回のパリ大会で、世界70の国と地域のホームレス・児童労働・雇用の問題を解決しようと努力されている、素晴らしい方々とのネットワークが構築できました。私としては大変有り難い財産になりましたし、これを何らかの形で世の中に還元しなければと思います。遠い将来、「ホームレス博物館」なんてのができて、その解決ツールがサッカーでしたなんて、エクセレントですね! 

蛭間芳樹が選んだベスト11

ベストイレブン

GK:松田良啓(49歳/野武士ジャパン(以下年号のみ)2011キャプテン)抜群のキャプテンシー、チームメイトからの信頼も篤い、戦術理解に優れている。2011年大会で「グッドスポーツマン賞」を獲得
DF:金羽木徳志(年齢非公開/2011)負けん気の強さはガットゥーゾ並み。
DF:吉富(年齢非公開/2009副キャプテン)冷静な判断ができ、俯瞰的にプレーができる。
DF:南匠(年齢非公開/2011)努力を惜しまない、守備のカバーリングはピカイチ。
DF:野口直人(年齢非公開/2009キャプテン)サッカーを楽しむことを忘れない誠実な選手。
MF:高橋勝政(41歳/2011)猪突猛進のドリブラー、気持ちの熱さはチーム一。
MF:石塚昭一(46歳/2011)全てにおいてバランスのとれた選手。ピッチ外での選手間ミーティングでも積極的にリードしています。
MF:高城秋雄(22歳/2011)攻守ともにバランスのとれた逸材。司令塔としてチームを牽引。
MF:中村秀人(33歳/2011)なぜここにいる!? という、インザーギも驚くゴールへの嗅覚があります。
MF:大江満行(39歳/2011副キャプテン)前線から絶え間なくプレッシャーをかけ続け、攻撃時のスペースの使い方もうまい。
FW:五味川祐太郎(25歳/2011)誰もが認めるエースストライカー。09年大会で紳士的な闘い方をした選手に贈られる「フェアプレー賞」を獲得。

蛭間芳樹 プロフィール

蛭間芳樹(ヒルマ ヨシキ)

蛭間芳樹プロフィール

1983年生まれ。埼玉県出身。東京大学大学院卒業。専門分野は都市災害軽減工学。小中高時代は地域の選抜チーム、クラブチーム・ユース所属。現在、日本政策投資銀行に勤務の傍ら、東京大学生産技術研究所協力研究員として研究活動、日本元気塾にて日本を元気にする活動を進めるほか、野武士JAPANのボランティア・ヘッドコーチとして活動しており、11年ホームレスW杯パリ大会では、日本代表チームを率いた。

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