サッカーを愛して止まないあの人の ゆめのはなし

知的障害者サッカーを題材とした「プライド in ブルー」、もうひとつのなでしこジャパン、ろう者サッカーに密着した「アイ・コンタクト」を公開し、話題を呼んだ映画監督中村和彦。日本代表のオフィシャルDVDを製作しながら、マイノリティのサッカーを追いかけ、サッカーの持つ可能性を提示してきた。わたしたちが普段、観ることのないサッカーの姿がここにある。

いつからサッカーが仕事になったのか。

元々は劇映画やVシネマを撮っていたんです。たまたま映像業界の先輩にサッカー関係の仕事をしている人がいて、ぼくのサッカー好きを知っていてくれて声をかけてもらったのが、アテネ五輪予選のサッカー協会オフィシャルDVDでした。そのあと04年のアジアカップDVDから本格的に関わりだし、それ以降のアジアカップ、ドイツと南アフリカW杯の予選、レッズとガンバのACLまで、いろいろなDVDを監督しました。でもやっぱりもとは映画の人間だったので、それだけじゃつまらなくなってきて、「プライド in ブルー」や、ろう者サッカーの「アイ・コンタクト」を撮るに至るわけです。

ベンゲルからオシムへ

兄がサッカー部で、自主練習に付き合わされていたところから始まり、中学では野球部に入りながらも休み時間はひたすらサッカーという生活をしていました。高校も野球部に入ったんですが、自分だけアンダーシャツがなぜかオレンジ(笑)。オランダ代表だよって言ってもわかってもらえなかったですね…。野球をやめてからもサッカーはことあるごとに続けていて、Jリーグ開幕で思いが爆発しました。当時33歳でしたが友人とサッカーチームを作り、仕事をしなきゃいけないのに日本代表のフォーメーション研究とか始めたりして、どんどんはまっていきました。何とかこれを仕事にできたらいいなとも、この頃から思い始めていましたね。

最初にはまったのはベンゲル時代、ストイコビッチがいた名古屋グランパスでした。生で試合を観に行ったら、これがすごくおもしろい。コンパクトなサッカーで、テレビでは映らない選手全体の動きも素晴らしかった。写っていない選手のおもしろさを感じられたのはすごくいい経験でした。ストイコビッチがいなくなり興味が薄れてしまって、次に目がいったのがオシム監督下のジェフでした。いままでいろんな監督や選手にインタビューしましたが、オシム監督がいちばん緊張しましたね。取材前に出ている本は全て読んでいったんですが、実際対面してみると190cm以上で、想像していた以上の大きさ、存在感にも圧倒されました…。「今日はインタビュアーですが、普段はオシム監督と同じ監督という肩書きで仕事をしているんです」と言ったら、「サッカーの監督なんてやるもんじゃないよ」と言われましたね。ジョークだと思いますけど。ドーハの悲劇についても「あんなのは悲劇でもなんでもない、悲劇はヒロシマでしょう」と。さすが、激動のユーゴスラヴィアを生き抜いてきた人だと思いました。

たまたま観ることにした障害者サッカー

障害者サッカーとの出会いはたまたまでした。日韓W杯後に知的障害者のサッカー大会が開催されていて、無料だったのでなんとなく行ってみたんです。当時はまだサッカーの映像の仕事もしていなくて、映画を撮ろうなんて全く頭にありませんでした。印象に残ったのは、日本代表ではなく準優勝したオランダ代表。参加国それぞれに国のスタイルが良く出ていたのですが、オランダはすごくインパクトのあるサッカーをしていて、これを撮りたいと思ったんです。とはいえ、現実的にはそれは難しいから、まずは目の前にいる日本代表を追ってみようと始まったんです。

知的障害者のサッカーは、代表レベルになると健常者と見分けがつかないくらい上手な人もたくさんいます。高校の強いところには負けるけど弱いところには勝つという、ある程度の高校レベルの実力はある。映画「プライドinブルー」に出てきたキーパーなんて、養護学校に通いながらサッカーは秋田商業で健常者と一緒に練習していた選手でしたから。健常者と見分けがつかないと言いましたが、そういうぎりぎりの人こその苦悩もあって、重度であれば自分のいまの状況をはっきりと理解できていないことも多いのに対して、軽度の人はなぜ自分がこういう存在として生まれてきたのかということに悩むんです。それはあまり理解されにくい問題で、自分も映画を撮る中で見つけたテーマでもありました。

デフリンピックという大会を知ってるかい?

ろう者サッカーの知名度はものすごく低いんです。目の見えない人のブラインドサッカーやパラリンピックは、たまにニュースで取り上げられて知っている人もいるかもしれませんが、耳の聞こえないろう者の五輪=デフリンピックですら存在自体がほとんど知られていません。調査によると、パラリンピックの認知度が90%以上なのに対し、デフリンピックは3%程度だそうです。IOCが認定している三つの五輪、オリンピック、パラリンピック、デフリンピックの一つなのにです。しかし障害者サッカーで女子日本代表があるのは、ろう者サッカーだけ。もうひとつのなでしこジャパンといったらこれしかない。競技人口はかなり少なくて、手を挙げれば代表になれるかもくらいのものだったので、真剣にサッカーをやってきた子とそうでない子の温度差がかなりありました。キーパーはなでしこジャパンの川澄選手と一緒にやってきたくらいの選手でしたから、最初は大変だったと思います。
デフリンピック最終戦のデンマーク戦はとても印象に残っています。最後の二日間で、これまでの4年間以上に彼女たちのサッカーへの、また勝利への意識は変わりました。急に成長するという話しを聞いたりはしていましたけど、ほんとにあるんだなと目の当たりにして驚きました。この時は泣きましたよ。泣いてるのに撮らなきゃいけないわ、暑いから汗だくにはなるわ、涙はぼろぼろ出るわ、そりゃ大変でした(笑)。

ぼくは、つまりは監督を見ていたい

ついこの間までビール飲みながら好きなことを言っていればよかったのに、いまじゃ雑誌もネットも試合観戦も勉強の対象になってしまいました。元々映画も趣味だったものが仕事になっているので、今ではすっかり無趣味状態(笑)。残っているのはサッカーをやることですかね。サッカーをやっていて思うのは、サッカーって全員が関われるスポーツなんですよね。野球だと主に試合をしているのはバッテリーとバッター。野球、WBCのDVDも作っているので城島選手にインタビューしたこともあるんですが、バッテリーはものすごく考えているけど、野手はそれほどでもなかったりする。サッカーは、全体が戦術を理解して全員が一つになって動かなきゃいけない。そのおもしろさはすごく感じます。
観る時も試合に出ているすべてを知りたい。名前と番号とフォーメーション、おおまかな戦術を知らないと、誰がどんなプレーをしようとしているのかわからないですよね。つまり僕は監督を見たいのかもしれません。全体が見えたら監督が何を考えて、どうしたいのかが想像できるじゃないですか。これは映画を観るときも同じで、隅から隅まで観たいんです。そういう濃度の高い、集中して観る見方に慣れると、これが麻薬的な楽しさになってきます。試合はたいてい一人で観に行くんですが、つまらなくないですかと聞かれたりしますけど、そんなことはなくてむしろ忙しいくらい(笑)。

撮りたいのは、フィクションのサッカー映画

ずっと撮りたいと考えていたのは、大学も東洋史専攻で勉強していたこともありますが、チュックダンつまり在日朝鮮人蹴球団の映画です。在日のおじいさんとサッカーをやっている孫娘の女の子を主人公にしたフィクションを撮りたいと思っています。障害者サッカーに関しても、電動車椅子サッカーを撮り始めてはいるんですが、かなり時間がかかりそうな感じです。とはいえ、こういうマイノリティを対象に撮っている人が他にほとんどいないから、作っているということもあります。
自ら選んだわけではないんですが、ある意味、自分自身、いつも崖っぷちにいる感じがあります。映画監督としても辺境にいて、サッカー業界でも辺境。もうこうなると突き進むしかないみたいなところもありますよ。何かに作らされている感覚とでもいうんですかね。

中村 和彦が選んだベスト11

デフリンピック最終戦のメンバー

ベストイレブンは、デフリンピック最終戦のメンバーです。彼女たちが劇的に変わった、あの最後の二日間はほんとに感動的でした。

監督:武井基(ろう者サッカー 女子日本代表監督)
FW:仲宗根祥子(26) 聴力レベル(以下HL)= 120dB
W:中井香那(20)HL=110dB
MF:井部絵里子(27)HL=100dB
MF:芹澤育代(24)HL=100dB
MF:寺井名美(34)HL=片耳100dB 片耳スケールアウト
MF:熊沢佑吏(28)HL=105dB
(途中交代/MF:御園裕未(22)HL=右100dB 左95dB)

DF:川畑菜奈(19)HL=105dB
DF:首藤麻衣(27)HL=130dB
DF:大島彩香(17)HL=右90dB 左70dB
DF:濱田梨栄(24)HL=120dB
GK:佐藤愛香(24)HL=100dB

※聴力レベルは数字が大きい方が重度の障害であることを意味します。100dBは、ジェット機の轟音が微かに聞こえる程度。
※年齢は、2009年デフリンピック出場当時。

中村 和彦 プロフィール

中村 和彦(ナカムラ カズヒコ)

中村 和彦プロフィール

映画監督。福岡県出身。早稲田大学文学部在学中、映画に興味を持ち助監督を経験。映画の路に進み大学を中退する。2001年、奥田瑛二監督の映画『少女』で監督補。02年に『棒-Bastoni-』で劇場用映画監督デビュー。その後サッカー日本代表のドキュメンタリーDVDに携わりつつ、07年に監督第二作目、知的障害者サッカーのワールドカップを描いた『プライド in ブルー』を発表。10年、ろう者サッカー女子日本代表を描いた最新作『アイ・コンタクト』を公開。著書に,単行本『アイ・コンタクト』(岩波書店 11年刊)がある。

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