サッカーを愛して止まないあの人の ゆめのはなし

えのきどいちろうの紡ぎだす文章には、独特の世界がある。ぼくらはなぜサッカーが好きなのか。当事者にはなかなか言葉にできない、熱くもどかしい思いを、彼は見事なまでに描き切る。初心者から玄人まで、若者から年配者まで幅広いファンに支持されるコラムの名手は、いったいサッカーに何を見ているのか。

変人たちが集まった気持ちのいい世界

サッカーにのめり込んだのは、日韓ワールドカップがきっかけです。Jリーグが始まってしばらくはテレビでは試合を見ていましたが、意識して距離を置いていました。なぜかというと、サッカーはどう考えても奥が深い。ハードコアな野球ファンである僕がサッカーに入っていったら、これは大変なことになると思ったんです。人生の持ち時間は決まっていますからね。その後、スカパー!の「ワールドカップジャーナル」という番組で司会をするようになり、サッカーの世界に足を踏み入れてみると、会う人会う人魅力的でドハマリしちゃいました。サッカーの何が好きなんだろうと考えたとき、ぼくはサッカーが好きな人々の状態が好きなんですね。例えばサポーターを見ると、経済よりも大事なものがあるぞって直裁的に表明していて、とてもいいなと思う。Jリーグは歴史が短い。ヨーロッパのサッカーや日本のプロ野球と違って、三代続いているサポーターは日本にはいないんです。生まれついての浦和レッズファンやFC東京ファンはいないんですね。ということは、どういうことか。彼らは自発的に「俺はレッズファンになろう」、「わたしは東京ファンになろう」になろうと思った人たちなんです。あの試合に痺れたからとか、あの選手が好きだからとか、その人それぞれに理由があり、世界がある。これは片思いといってもいい感情で、そこには経済の論理がない。これは社会では変人といっていい人たちです。サッカーを取り巻く世界には変人がたくさんいる。ぼくも同類だから、これは最高だ!そう思ったんです。

アルビレックスとアイルランド

ぼくはアルビレックス新潟が好きなんですけど、あのチームには新潟に住む新潟人サポが「関東サポ」と呼ぶ人々がいる。学生や社会人になって関東に出てきた人たち。このボリュームが実は物凄く大きいんです。例えば故郷を離れて20年経つおじさんが、味の素スタジアムのゴール裏で「レッツゴー新潟」を歌う。そうやって、自分の中にある永遠の新潟性を噛みしめるんですね。だれにもわかってもらえないかもしれないし、お金にならないかもしれないけど、でもアルビレックスは素晴らしいんだ!そういう世界があることは、ぼくは本当にいいなあって思う。関東サポを見ていると、日韓ワールドカップで出会ったアイルランドの人たちを思い出します。アイルランドは世界中に移民がいて、ワールドカップのような国際試合になると自らのアイデンティティを確認する。アルビレックスの試合に来ている関東サポを見ていると、自然にアイルランド人と重なるんです。アルビレックスといえば、ビッグスワンの夕景が、ぼくは好きだなあ。車やバスで会場に来る人も多いんですが、夕焼けの中、オレンジのレプリカを来た人たちが四方八方から自転車に乗って集まってくる。女子高生が制服の上からレプリカを着ていたりしてね。夕焼けに照らされながら、遠くから自転車が集まってくる景色は物凄くきれいなんですよ。

雨は名演出家

これは野球にも当てはまりますが、ぼくは雨の日の試合が好きなんです。雨は名演出家で、選手の技術の巧拙を際立たせてくれるし、雨中の試合はわりと劇的な展開になることも多い。しかも、試合を見ているのは雨でも試合を見たいと集まってきたサポーターたち。ぬるいファンが淘汰されて、スタンドにいるお客さんがギューッと集中した状態で試合を見ている。芝居や落語もそうですが、精鋭たちが見ている現場って凄くいいものになるんです。雨が試合どころかお客さんの状態まで変えてしまう。だから雨の日の試合は、書いていて楽しい。雨の試合といったら、やっぱり日韓大会の宮城かなあ。あの負けたトルコ戦を思い出します。寒くて雨が降っていて、始まる前からどこか冴えない感じ。みんながんばって声を出しているんだけど、スタジアムの構造のせいで声が拡散しちゃう。采配も冴えなくて、途中で出した市川大祐をまた下げちゃった。どうにかしなきゃって、みんな必死なのに、何もいいことがないまま負けちゃった。あれも雨の匂いが残る試合、とても思い出深い試合です。

「え?そっちに行く?」がある憲剛のプレー

サッカーでいちばん気持ちいい瞬間は、自分の予想を上回るプレーをされたとき。その意味で、ぼくは中村憲剛が凄く好きですね。たまたま初ゴールを決めた試合を等々力で見ていて、出身大学が同じっていうことが発端だったんですが、彼のプレーには「え?そっちに行く?」っていう瞬間がある。ぼくなんかの想定をあっさりと上回っていくんですよ。プレーを見ていると生きてきた道筋がわかるし、言葉も面白くて好きですね。雰囲気もサッカー小僧っぽいじゃないですか。何て言えばいいのかな、上目遣いで覗き込むような姿勢、姿勢がいいようには見えないんですけど、そういうところも好きですね。遠藤保仁も小僧っぽいですよね。人とは違うリズムで、人とは違うものをキャッチしながらプレーしている。憲剛や遠藤とは違うタイプなんですが、アルビレックスに川又堅碁というストライカーがいるんですが、この人も面白いですね。プレー中、物凄く入れ込んでいて、見ていて面白くて仕方がない。初スタメンを告げられたとき、試合前夜に気負いすぎてお腹を壊して欠場しちゃった、神経性胃炎か何かで。本当にガムシャラなんだけど、何かが足りないんですよ。ずっと壁に当たっている人って、ぼくはとても気になるんです。いつも壁に当たっていた人が、あるとき身の丈を超える瞬間があったりする。何かを捕まえる瞬間がある。これも想定を越えられる瞬間ですよね。ずっと見ていくことの面白さが、そこにはあるんです。

えのきどいちろうが選んだベスト11

田んぼベスト11(日本は農業国)

このベストイレブンは、農耕民族がサッカーに不向きであるという俗説を排す試みとして選びました。食料自給率や職の安全といったテーマもあわせて訴求したい。こう、田んぼがひろがる光景が輝くように目に浮かぶ。これぞ日本代表と胸を張りたいものです。

えのきどいちろう プロフィール

えのきどいちろう(エノキドイチロウ)

えのきどいちろうプロフィール

1959年生まれ。中央大学在学中にミニコミ誌「中大パンチ」を発刊し、コラムニストとして活動を開始。網羅するジャンルは多岐に渡り、北海道新聞で北海道日本ハムファイターズについてのコラムを連載中、またアイスホッケーのクラブチーム「日光アイスバックス」の運営会社で取締役を務める。「サッカー茶柱観測所」(駒草出版)、「アルビレックス散歩道2009-2010」(アルビレックス新潟オフィシャルインターネットショップでのみ購入可能)など多くの著書を発表。紙媒体のみならず、ラジオ、テレビでも活躍中。

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