サッカーを愛して止まないあの人の ゆめのはなし

世界でただひとりのソラミミスト。「タモリ倶楽部」の名物コーナー「空耳アワー」でお馴染みの安齋肇さんは、実は年季の入ったサッカーフリーク。伝説の名手ジョージ・ベストの時代から、サッカーの世界にどっぷりと浸かってきた。いったい、サッカーの何が安齋さんを虜にしたのか——。

いちばんのアイドルはジョージ・ベスト

サッカーとの付き合いは高校時代からですね。テレビの「ダイヤモンドサッカー」を見てサッカーって面白いなあと思ったんだ。当時はマンチェスター・ユナイテッドの試合がよく放送されていて、ぼくはジョージ・ベストさんのことがものすごく格好いいと思った。みんな長髪で、アップの映像なんてほとんどないのに、なぜかベストさんに惹かれたんだよね。ユニフォームの長袖の裾をつかんで走る姿なんて、よく真似したなあ。ぼくがベストさんになりきって、親友がボビー・チャールトンをやる。ゴールを決めて男ふたりで抱き合って…そんなことを教室でやってたんだ。
Jリーグが影も形もなかった当時、ぼくはサッカーがしたくて仕方なかった。要するにベストさんになりたかったんだと思う。実際に体育の授業でなら、ベストさんの気分が味わえるんだよ。ちゃんとサッカーを見たことがないクラスメートは、ボールに群がる。でも、ダイヤモンドサッカーを夢中で見ていたぼくは、サッカーは群がるものじゃないってことを知っていて、いいところにいたからパスをもらえたんだ。ものすごい勢いでサイドをドリブルしたよ。コーナーも蹴った。ニアにしか届かないけど。親友も「チャールトン!」なんていいながらミドルを撃ってたなあ。全然飛ばないミドルシュートを。アハハ。

サッカーの醍醐味は未完成なところ

どうしてぼくは、サッカーが好きになったんだろう。サッカーってミスだらけで、なかなか点が入らない。そんな未完成なところが好きだったんだと思う。だってあのころは、ドーンと蹴ったボールが観客席に入っちゃう。ドリブルして転ぶ。イングランドのリーグといっても、そんなんばかりだったんだから。
あのころを思えばサッカーはすごく進化したけど、本来大勢が足でボールを蹴りながら争うスポーツだから、何がどうなるかわからない。そんな混沌とした中から、ときどきとんでもないことをする人が出てくる。そういうのが、ぼくは大好きなんだ。
その意味で面白いのがカズ選手ですよ。もう最高! 2年前の震災復興記念試合でカズダンスが飛び出したとき、ぼくも地球も引っ繰り返っちゃった。あれは神輿の上に乗ってた人が落ちるくらい、すごいこと。出たー! って大騒ぎになるような事件なんだ。
ガイナーレ鳥取にいる岡野選手も大好き。大ベテランなのに、いまだに出場すると走れ走れっていわれる。とんでもないところにボールを出されて、絶対に追いつけないのに諦めずにガーっと走るんだ。それでスタジアムが、その日いちばん盛り上がる。
ぼくは1997年、雑誌の表紙に岡野選手の絵を描いたことがあって、そのあと彼が日本をワールドカップに連れて行くゴールを決めたんだ。あれにはびっくりしたなあ。そのあと、岡野選手に会う機会があって、あの人、ゴールデンゴールを決めたスパイクを、ぼくにくれるなんて言い出すんですよ。「それは博物館に飾るような大切なものだから」って必死に断りました。ああいう人は物に頓着しないのかなあ。

地元に密着した駒場の素晴らしさ

Jリーグが始まったばかりのころ、ぼくは大好きな岡野選手や福田さんがいるレッズの試合をよく観に行ってた。埼玉スタジアムができる前、駒場にしょっちゅう出かけてたんだ。あそこは商店街や住宅街を歩いていると突然、ドーンと視界の中に照明塔が出てくる。あの感じが何ともいえずいいんだよねえ。道沿いのアパートから旗が出ていたり、ガラス越しにレッズのポスターが見えたりして、自然と気分が盛り上がってくる。駒場は本当に楽しいところで、相手チームをたくさん野次って大騒ぎして、試合が終わると気ままに飲みながら家に帰る。あんな贅沢ないよね。
いま思えば、駒場はJリーグの百年構想をいちばん実現していた場所かもしれない。サッカーがあることで人が集まり、サッカーを知らない人も集まって何か楽しいことが生まれる。駒場はそんな空間だったんだよね。
ぼくはたまにイギリスに行くんだけど、地元に密着した歴史あるスタジアムがあちこちにあって、生活の中にサッカーが存在する匂いが伝わってくる。スタジアムそのものも本当によくできていて、オールド・トラフォードに初めて行ったときは感激したなあ。水はけをよくするためにピッチが盛り上がっているんだけど、あれ、お相撲の土俵みたいじゃないですか。最前列で試合を観ると、そのピッチの高さにちょうど視線が合うんだ。すごい迫力だよ。スタジアムを造った人の情熱が伝わってきて、ああいうスタジアムが日本にどんどんできたらいいなあって思うんです。

憧れの人に喜んでもらった思い出のTシャツ

サッカー好きをやってきて、いちばん感動した出来事って何だろう。やっぱり憧れのベストさんにサインをもらったことかなあ。あるときTシャツのデザインを頼まれて、彼のイラストを描いたんだ。そのころはベストさんが難しい時期を過ごしていて、彼を応援しようと「ゴッドブレス」って書いたんだ。そのときに「これ、ちゃんと本人の許可を取らないとダメだよね」って話したら、知人が本人に許可を取って来てくれて、しかもデザインにサインまでもらえたんだ。自分の描いた絵が憧れのベストさんに喜んでもらえて、あれほど嬉しかったことはなかったなあ。しかも、そのTシャツは結構売れて、おかげでベストさんにまとまったお金を渡すことができたんだよ。その翌年にベストさんは亡くなられたんだけど、そのときは自分の中で何かが完結したような気になったんだよね。
高校時代、知らないうちにベストさんが好きになって、親友と教室でごっこ遊びをしていたんだよね。それから雑誌でベストさんの伝説を知って、ますます好きになって、仕事をするようになったら何かしらかかわりができて、ひとつの作品ができた。それを本人が喜んでくれたんだから、もうこれ以上幸せなことはないと思う。
ベストさんに夢中だったぼくは、他の10人は知らなくても、ベストさんを見ているだけでサッカーが楽しく見えたんだよね。たぶん、ベストさんよりベストさんのことを考えていたと思う。だからサッカーを知らない人と試合を観に行くときは、だれか気になる人だけ見ててよっていうんだ。気がつけば、その人の名前を憶えて、背番号を憶えて…。そういうのもサッカーの楽しみ方だと思うんだよね。

安齋 肇が選んだベスト11

安齋肇が選んだベスト11

FW三浦カズ(横浜FC)
MFジョージ・ベスト(元マンチェスター・ユナイテッド)
エリック・カントナ(元マンチェスター・ユナイテッド)
ズラタン・イブラヒモビッチ(パリ・サンジェルマン)
リオネル・メッシ(バルセロナ)
ジネディーヌ・ジダン(元レアル・マドリー)
ライアン・ギグス(マンチェスター・ユナイテッド)
ジェンナーロ・ガットゥーゾ(シオン)
岡野雅行(ガイナーレ鳥取)
DFボビー・チャールトン(元マンチェスター・ユナイテッド)
GKラモス瑠偉(元ヴェルディ川崎)

安齋 肇 プロフィール

安齋 肇(アンザイハジメ)

安齋 肇プロフィール

1953年、東京都生まれ。イラストレーター、アートディレクターとしての活動はもちろんのこと、ミュージシャン、ソラミミスト、ナレーターなど幅広い分野で活躍中。サッカーを見始めたきっかけはサッカー番組の老舗「ダイヤモンドサッカー」。
安齋さん曰く「マンUがイギリスのチームなので、ベストさんも当然イギリス人だと思っていた。だってサッカーはイギリスでしかやっていないと思ってたから。その誤解を正してくれる情報もなかったんだよね」。

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