サッカーを愛して止まないあの人の ゆめのはなし

日本にやって来て30余年、マイケル・プラストウさんは温かいまなざしで日本のサッカーを見つめてきた。サッカーの母国イギリスに生まれ育った彼の目に、日本のサッカーは、20周年を迎えたJリーグはどのように映っているのか——。

2、3年のつもりが30年以上の滞在に

日本に来たのは1980年、大学を卒業して社会に出て働く前に自分の知らない世界を見たかったんです。アジアの歴史に興味があり、日本で英語を教える仕事が見つかったことで、群馬県の高校で英語を教えるようになりました。最初は2、3年で帰るつもりだったんですが、日本のサッカーを世界に伝える仕事もできて気がついたら30年以上経ってしまいました。
 
イギリスにいたころからサッカーが好きだったので、日本でも自然とスタジアムに足を運ぶようになりました。日本リーグはもちろん、ヤンマーが優勝した天皇杯決勝も観たし、ワールドカップ予選の大一番、1985年の日韓戦も観ました。日本リーグのお客さんは3千人程度、日韓戦も当日に余裕をもってチケットを買うことができました。いまでは、ちょっと考えられないですよね。
 
当時、日本ではサッカーはマイナー扱いされていました。「Jリーグは成功しない」とも言われましたが、私は大丈夫だと思っていた。日本のサッカーのレベルはプロレベルに達していたし、教えていた群馬の高校では、サッカーに関心を持っている生徒も少なくなかったからです。メディアは野球ばかり取り上げていましたが、サッカーは若い人の中では注目度が高かった。観衆がたとえ3千人でも企業がついているわけだし、Jリーグは何とかなるだろうと。それがいきなり国立競技場が満杯になったから、さすがに驚きました。こんなに早く大成功を収めるとは、夢にも思っていませんでした。

世界の最先端を走っていたJリーグ

振り返ればJリーグは、サッカーの新しい形を世界中に提示したのだと思う。90年代初頭まで私の祖国イギリスでは、サッカーは怖くて汚くて危険なものというイメージが強かった。スタジアムでは老朽化による事故がしばしば起きていたし、暴力もあった。このままではサッカー離れが深刻になる、そんな危機感からプレミアリーグが生まれたんです。

こうした時期に生まれたJリーグは、私の目に物凄く新鮮なものでした。スタジアムには女性と子どもがたくさんいて、暴力や人種差別がほとんどない。各チームのマスコットなんて、ディズニーのキャラクターのよう。驚くほど可愛い。正直、マッチョなイメージが強いヨーロッパのサッカーファンに、これは受け入れられないだろうなと思ったものです。でも、この予想は外れました。ヨーロッパのサッカー界が、可愛らしいマスコットや女性ファンの開拓といったJリーグ的なものを取り入れ始めたんです。

スタジアムが安全になり、女性ファンが増えるというのは、世界的な社会の変化の表われでもあったと思う。でも、それをJリーグはどこよりも早く取り入れていたんです。

地域に生まれた新しい絆の形

日本のスポーツ界の常識を変えたという意味でも、Jリーグは大きな意味があったと思う。

例えば日本には、体罰という悪しき伝統があった。でも、いまでは体罰の問題がメディアでも取り上げられるようになりました。問題視されるということは、改善への大きな一歩を踏み出したということ。この動きにJリーグはひと役買っていると思います。Jリーグがスポーツは楽しむもの、だれかに強制されて練習するのではなく、一人ひとりが自発的に取り組むものという新しいスポーツ観を発信したんです。学校の先生ではなく、その競技の専門知識を持った指導者が子どもを教えるという当たり前のことも、Jリーグが浸透させた文化ですね。

Jリーグはサッカー界だけでなく、この国のスポーツ界を変え、それだけでなく社会に大きな影響を与えました。私が来日してからの30数年、日本の社会は大きく変わり、かつて機能していた地域社会の絆が失われつつある。そんな中で、Jリーグは地域の新たな絆となっています。Jリーグの試合を観に行くと、チームが郷土意識の象徴となっていることがよくわかる。新しい地域の祭り、といってもいいかもしれない。地元の人々が世代を超えて楽しんでいる光景は、とてもいいものです。

人口15万人の街すべてにプロチームを

Jリーグにとって、いままでの20年は充実したものだったと思います。では、これからの20年は何を目指せばいいのか。私が思い描く理想の形は「15万人以上の街すべてがJクラブを持つ」ということ。夢物語のように思われるかもしれませんが、イギリスでは実際に15万人以上の街のほとんどでプロチームが活動しています。遠い将来、日本もそうなって、毎週末、あちこちでサッカーの試合が行われたら、この国はもっと元気になると思うんです。
 
そのことを考えると、来年始まるJ3は注目です。現段階でJ3は10から12チームで発足し、チーム数が増えたところで東西ブロック制になるとのこと。でも全国リーグとして始めれば、運営経費がかかるので参加をあきらめるチームが出てくるかもしれない。それなら、最初から地域リーグで始める方がいいかもしれない。例えば「セグンダB」と呼ばれるスペインの3部リーグは、4つの地域に分かれて各20チーム計80チームが熾烈な争いを繰り広げています。J3もハードルを低くして、とにかく多くのチームに参加してもらう方がいいんじゃないか。まずは門戸を開いて、たくさんのチームに参加してもらうことが大事だと思うんです。
 
カップ戦にも、小さなローカルチームのための改革をしてほしいと思います。天皇杯で、例えばJ1のチームが地域リーグのチームと対戦したら、試合は大抵、J1のホームで行なわれる。これを逆にして、ローカルチームの地元で試合をしてほしいんです。そうすればサッカーの普及にもいいし、小さなチームは財政的にも潤います。

ピラミッドの底辺が活気づけば、トップは安泰。日本サッカーの明るい未来のためにも、小さなローカルチームを大切に育てていくことが大事だと思います。

Michael Plastowが選んだベスト11

Jリーグ20年の日本人ベスト11

とても個性的な選手たちが集まりました。中田と本田が一緒にプレーしたら、どうなるんだろう。このチームを仕切れる日本人監督は、岡田さんしかいないかもしれません。
控えメンバーは楢崎正剛(名古屋)、秋田豊(元鹿島)、松田直樹(元横浜他)、中澤佑ニ(横浜)、田中マルクス闘莉王(名古屋)、吉田麻也(サウサンプトン)、相馬直樹(元鹿島他)、駒野友一(磐田)、稲本潤一(川崎)、遠藤保仁(G大阪)、森保一(元広島)、北澤豪(元V川崎他)、阿部勇樹(浦和)、中村俊輔(横浜)、長谷部誠(ボルフスブルク)、名波浩(元磐田他)。ちょっと多くなってしまいました。

Michael Plastow プロフィール

Michael Plastow(マイケル・プラストウ)

Michael Plastowプロフィール

イギリス南部クローリーに生まれ育ち、幼いころから地元チーム「クローリータウンFC(現在フットボールリーグ1所属)」を熱心に応援してきた。子どものころのアイドルは、トッテナムで活躍した名手ジミー・グリーブス。「でも個人的なアイドルは、クロウリーにサセックス・プロフェッショナルカップをもたらしたフィル・ベイシーです」。Jリーグで肩入れしているチームはないが、いまはC大阪の細かく素早いパスワークが気に入っている。趣味は山登り。

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