サッカーを愛して止まないあの人の ゆめのはなし

『J’s GOAL』と『EL GOLAZO』の両誌で、鹿島アントラーズの番記者として活躍するスポーツ・ジャーナリスト・田中滋は、鹿島アントラーズの強さの秘密をフロント・サイドと組織論から記した『常勝ファミリー・鹿島の流儀』の著者でもある。スルガチャンピオンシップ初の二連覇を狙う鹿島アントラーズを知り尽くした番記者田中が語る、鹿島が教えてくれたこと。

マンガのようだったマラドーナとジーコ

プレーするスポーツとしてはサッカーをやってきませんでしたが、僕らの世代は、子どもの頃ちょうど『キャプテン翼』が連載中で、男の子はサッカーへの興味も馴染みもすごくありました。あくまでマンガの世界のことだと思っていた『キャプテン翼』に出てくるようなスーパープレーを、マラドーナというとんでもない選手が、86年のW杯でマンガそのものみたいにプレーしていた。これはすごいことだと思いました。いまでも86年のメキシコ大会は強烈に記憶に残っています。86年W杯は、マラドーナだけじゃなくてプラティニもいたし、ブラジルにはジーコもカレカもいて、イングランドにはリネカーもいたおもしろい大会でした。ジーコのことは、フラメンゴが来日したトヨタカップを観に行った兄から「ジーコがすごい」というのを聞かされていました。そして93年5月15日と16日。Jリーグの開幕5試合は全試合時間をずらして中継していたので全て観たのですが、やっぱりジーコはすごかった。もう虜になりました。鹿島は、そのままあれよあれよという間にファーストステージで優勝。それ以来サポーターとまでは言いませんが、アントラーズと代表の試合は観に行くようになりました。

勘違いから始めたライター業

サッカーはやっていなかったと言いましたが、プレイヤーとしてはバスケットをずっとやっていました。『スラムダンク』を読んだからというわけではなく、たまたま体育でバスケットをやったら、なんか上手く出来ちゃったっという程度の理由です(笑)。その後サッカーに関わるようになるまで、いろいろ複雑な道を歩むんですが、大学に入ってラクロスをやり始めます。卒業して、そのままヘッドコーチをやるようになったんですけど、ラクロスは当時まだ日本に入ってきて間もないスポーツだったので、他のスポーツから学べることはないか探していて、そのひとつとしてサッカーを観るようにしていました。普通に会社員と兼任しながらやっていたんですが、会社員という生き方がどうも違うなという考えが頭をもたげてきて、一方で楽しいスポーツの世界があった。スポーツの方に行く方法がないのかと思っていたら、雑誌『スポーツ・ヤァ!』を主体とした、玉木正之さん主催のライター塾『スポーツ・ヤァ! 玉木正之のスポーツ・ジャーナリスト実践塾』を見つけて、参加したらたまたま編集長だった本郷さんという方が声をかけてくださって、これはイケると勘違いをして一念発起で会社を辞めて、ジャーナリスト/ライター業を始めることに。これが28、9歳の時です。当時、bjリーグが始まるときで、自分がバスケットをやっていたこともあって、大分のヒートデビルズというチームの立ち上げに携わることになりました。今では債務超過を繰り返して、オーナーが3、4度変わっているようなチームなんですが、その時期に人との幸運な出会いがたくさんありました。そのなかで、サッカーというフィールドが見えてきたわけです。スポーツ全般から徐々にサッカーに絞って仕事していくことになっていきます。2008年4月から『J’s GOAL』のアントラーズ担当をさせていただいたのも偶然に偶然が重なった結果。しかも夏には『EL GOLAZO』からもオファーをいただいて、2つを担当するようになっていました。

ジャーナリストとしての転換点になった鹿島VS全北

2002年のW杯、トルシエの監督時代に、サッカー関係者以外の人たちが喧喧諤諤、戦術論やプレースタイルについて語るようになったじゃないですか。あれがひとつの契機だったかもしれませんね。サッカーってそうやって語れるものなんだというのをそこで初めてわかって、これはおもしろいと気がついた。自分なりにどうサッカーを理解すればいいかを考え始めたのは、多分そこからです。
 
サッカーの試合を仕事として見始めた時は、曲がりなりにもジャーナリストを名乗っているわけなので、どこか頭でっかちに考えているところがありました。ジャーナリスト足るもの中立性を保ってとか、自分の取材態度に対してこうあらねばならぬみたいに変にかしこまっていたんですけど、初めてアントラーズがACLチャンピオンズリーグに出たとき、韓国の全北現代モータースとの試合で、韓国が点を獲ると韓国人記者たちが大喜びしている訳ですよ。それを観たときに、「あ、これでいいんだ」とわかったというか、変に自分を固める必要はないんだと思ったんです。感じたことをしっかり伝えることの方が大事で、感じるセンサーを固定してしまったら、そこから出てくるものも決まったものしか出てこなくなっちゃう。ジャーナリストとして、それは転換点になりましたね。結局その試合は逆転勝ちして、ざまあみろって思いながら帰りました(笑)。いまもそうではありますが、最初は得点の時がやはりいちばん楽しみな瞬間でした。でも、少し経ってから見つけた楽しみがあって、マイケル・ジョーダンが大好きで観ていたことが大きいのかもしれないんですが、ジョーダン然りで、上手な人ってとにかくプレーの姿がきれいなんですよね。兎に角美しい。これは全てのアスリートに共通すると思います。走る姿が美しい人は足が速いし、シュートのフォームが美しい人は決めるし、ヘディングの競り合いにしてもバランスが取れて飛んでいる人は美しいし、やっぱり強いんです。

チームの強さは試合の勝敗だけでは計れない

サッカーは試合だけじゃないというのが、番記者としてアントラーズの取材をさせてもらうようになっていちばん強く感じたことです。試合に勝つチームはもちろん強いんですけど、その強さの礎というか強さの基盤は、試合以外のところがすごく大事なんだというのがわかってきて、むしろそっちがないと、サッカーが勝った負けたの問題でしかなくなっちゃうんじゃないかということに気づかされた。これは他のチームだったら気づかなかったかもしれません。アントラーズの担当記者になったからこそ、そう思うに至ったのだと思います。
 
全てのチームを取材しているわけではないので、一概には言えませんけど、今の成果主義の企業みたいなクラブが増えている傾向の中、鹿島はそことは真逆にいっているような感じがあります。しかもそれで成功しているということに驚かされました。すぐ結果が出なくても、頑張れよ、大丈夫だよって後押ししてくれる人がいて、皆で助け合いながら戦っていくっていう姿が鹿島にはあったんです。鹿島は、勝利至上主義的に勝ちに徹する部分はあるんですけど、冷たい関係じゃなくて、逆に暖かい感じがすごくした。それを作ったのが当時は強化部長だった鈴木満さん(現:常務取締役強化部長)でした。『常勝ファミリー・鹿島の流儀』は鈴木さんを中心に書いています。鈴木さんみたいな人がいるかいないかで全然違う。ただ、あの本を書いた時期が早すぎたせいで、満さんの魅力を半分も伝え切れていないのが残念です。当時は、フリーランスのライターでちゃんとアントラーズに付いている方があんまりいなかったんですね。鈴木さんは強化担当なので選手の移籍や監督指名の権限を握っているのですが、記者として傍らで見ていて、この人がいるから鹿島は強いんだ、ということがすぐにわかりました。人を大事にする方ですし、ジーコの教えを自分が伝えるんだ、後世に残していくんだっていう使命感をもっている。だからこそこの本を作ろうと言ってくださった。それまでは、いい選手がいて、いい監督がいるチームが強いと思っていたんですけど、それだけじゃ勝てないんだというのを思い知らされました。
 
例えば鹿島はフォワードには必ず日本人をひとり、ブラジル人をひとり置く。それは日本人を育てるためです。目先の結果を求めるなら、ブラジル人をふたり置けば強いチームが作れるけど、それはやらないということを決めているんですね。その禁を破ったら、もしかしたら1、2年は優勝できるかも知れないけど、その先の5年、10年後にどうなっているかといったら、焼け野原になっている可能性がある…。だから正直に言うと、チームを見ていて「あ、今年は我慢の年だな」ということは、何となく見えます。本気で優勝を狙えるのは来年かなぁ、ということを感じたりもするんですが、サポーターに「今年はタイトルを諦めて…」とはやっぱり言えないですよ。リーグタイトルは無理かもしれませんが、他のカップ戦は勢いがつけばいける。簡単には諦められないですよね。でも、信念を持ってやれているかどうかは、結局最後のところでいろいろなことを決断する指針になるわけじゃないですか。そこがブレたら、長い目で見て絶対いい結果にはならない。いま他のJリーグのクラブが、鹿島を手本にし始めてるというのをみると、今まで20年間やってきたことは絶対間違っていなかったんだなと感じます。

鹿島にとってジーコはすべて

鈴木さんがジーコの教えを繋いでいる話しをしましたが、鹿島にとってジーコはすべてなんです。すごく印象的だったのが、まだJリーグになる前の住友金属時代。試合後に出た食事が、うどんとおにぎりだったことがありました。そうしたらジーコが、「なんだこれは、罰ゲームなのか」と言ったらしいんです。プロのアスリートが運動後にしっかりエネルギー補給をするのは、今だったら当然のことですけど、僕ら部活をやっていた人間としたら、当時はまぁそんなもんじゃないかと思っちゃう。そういう細かなことからいちいち「プロとはこうあるべきだ」ってジーコが変えていくことで、選手もプロとしての自覚と心構えができていき、ひとつひとつ積み上がっていったんですよね。だから選手としてお手本を示すというのは確かにそうだったんですけれど、それだけじゃなかったんです。だから別チームですよね、住友金属蹴球団と鹿島アントラーズは。Jリーグ開幕までに完成していたのは鹿島だけだったと思うんです。他のチームは実業団からそのままプロチームに名前が変わっただけで、やりながらチームを作っていましたから。そうしたジーコが作ってきた基盤の上に成り立っているのがアントラーズ。だからジーコの狙い通り初年度に優勝していなかったら、たぶん彼のやり方は批判されて、今の鹿島はないでしょうね。
 
今回のスルガチャンピオンシップはブラジルからサンパウロFCが来ますが、鹿島にとっては今回の相手は手強い。苦しい展開の中でどう勝機を見いだしていくのか、おもしろい試合にはなりそうです。サンパウロは各ポジションに素晴らしい選手がいる。キーパーがセニで、ルシオにガンソ、前にはルイス・ファビアーノですからね。監督も鹿島の監督もやったパウロ・アウトゥオリ。鹿島としては本当に燃える試合ですよ。まあ今回は、鹿島がボコボコにされるかもしれないですが…。と言いつつも、アントラーズはここぞという試合は、いい試合ができるクラブなので、セレーゾも元々自分がいたクラブが相手ですから、負けられない気持ちが強いと思いますよ。海外クラブとの試合でお互いの監督がお互いのチームの監督をやったことがあるなんて、日本の試合ではなかなかないですからね。力を使い果たしてしまいそうなので、次のリーグ戦がすごく心配ですけど…(苦笑)

キャプテンになる人間としての大迫のこれからと柿谷の成長

若手では大迫に期待しています。彼は持っているものは間違いないので、技術と身体能力、サッカーに対する知識みたいなのをどんどん蓄えていってほしい。頭脳派ではないかもしれませんけど、すごくサッカーについては勘が鋭い。ここ2年くらいは将来キャプテンになれる器だと思えるようになりました。あとはメンタルの強さですね。結果が出ない時の受け止め方は人それぞれですけど、成長に繋がるような意識の持ち方ができていないなと思うことがあります。もっと正面から受け止めて、感情を爆発させていってほしい。今回来日するルシオが大好きで、生で観られるのがすごく嬉しいんです。ああやって感情を表に出す選手は、観ている方もわかりやすいですし、惹きつけられるものがある。そういうことってすごく大事なことだと思うんです。長年、アントラーズのキャプテンを務めた本田泰人さんに聞くと、小笠原(満男)も若い頃はキャプテンらしいことを言うキャラクターじゃなかったということだったので、大迫もいつか変わるんじゃないかなと期待しています。その時、彼は本物になる気がしています。
 
鹿島以外でおもしろいと思うのは、柿谷ですね。昔は自己中心的な選手だったようですが、そのままじゃだめなんだということに気づいて、今の彼があると思う。取材で彼の言葉を聞くと、勝てなければ自分で責任をしっかり背負うという気概を感じます。セレッソから徳島ヴォルティスに一回出された経験が大きかったみたいですね。セレッソが鹿島に来て試合をした時も、責任感のあるキャプテンらしいコメントをしていました。自分がリーダーでその結果を受け止めて、リーダーとして発言する姿勢がすごくよかった。

番記者として、サッカージャーナリストとしての夢

W杯で日本が優勝してくれたら最高ですが、せっかくなのでクラブW杯で鹿島が優勝するところを観てみたいですね。ただ、その前にはACLを優勝しないといけませんけど(苦笑)。あとは、鹿島を担当して5年が経ちますが、よほどのことがなければこれからも続いていくと思いますし、続けて行きたいと思っています。アメリカのメジャーリーグやイングランドのプレミアリーグには、ひとつのチームに付いてずっと見てきたおじいちゃんの特別記者みたいな人がいるんですね。もしできるなら、僕もそうなれたらいいなと思っています。

田中滋が選んだベスト11

ベスト11

ベストイレブンはかつて鹿島に在籍したことのあるブラジル人選手で組んでみました。キーパーがいないので、コーチとして来ていたイッカで。ジーコには兼任監督でお願いしましょう。
 

監督:ジーコ
フォーメーション:4−4−2
 
FW:アルシンド/マジーニョ
MF:ビスマルク/ダニーロ/レオナルド/サントス
DF:アウグスト/ファビアーノ/ファボン/ジョルジーニョ
GK:イッカ

田中滋 プロフィール

田中滋(タナカ シゲル)

田中滋プロフィール

1975年、東京生まれ。上智大学文学部哲学科卒。大学時代に所属した男子ラクロス部でヘッドコーチを務めた経験も持つせいか、選手だけでなく監督やクラブマネジメントにも目を向けながら取材を重ねる。著作に「鹿島の流儀」、「鹿島の精髄」(出版芸術社)など。

ページの先頭へ