サッカーを愛して止まないあの人の ゆめのはなし

湘南ベルマーレの喜びと苦しみは、いつも坂本紘司とともにあった。13年間、チームを背負って戦い続けた「ミスター・ベルマーレ」。昨オフ、劇的なJ1昇格を置き土産にスパイクを脱いだ彼はいま、クラブのフロントとしてセカンドキャリアを歩み始めた。湘南地域をベルマーレのグリーン一色に染めるという夢に向かって——。

感涙する敵のサポーターを見て

ベルマーレでは13年間もプレーしました。いま振り返ると若い頃は独りよがりで、チームのことをあまり考えていなかったかもしれない。頭の中は自分が試合に出るか出ないか、いいプレーをするかしないかということばかりだったんです。
でもキャリアが長くなるにつれて、応援してくれる人たちの有難味がわかり始めました。印象深いのが06年の最終節。ホームで柏レイソルに負けて、相手の昇格を目の当たりにする羽目になりました。あのときゴール裏で感涙するレイソルのサポーターを見て、これだと思ったんです。自分もプロなら、応援してくれる人たちを喜ばせなきゃいけない、と。
意識が変わると、自然と行動が変わり始めました。例えばファンとの接し方。以前はリアクションだったのが、自分から積極的に歩み寄って挨拶したり、お礼が言えるようになりました。試合中も自分のプレーエリアだけでなく、ピッチ全体が見渡せるようになりました。つねに周りを見て、チームのために行動する。このことは現役時代はもちろん、引退してフロントに転身したいまも役に立っています。

「ミスター・ベルマーレ」と呼ばれて

ベルマーレ時代、J1でプレーしたのは1年だけ。キャリアとしては、ずいぶん地味です。でも11年ぶりの昇格を決めた09年シーズン、あの充実感に勝るものはありません。あのシーズンのJ2は、51試合制という信じられない長丁場。ベルマーレには昇格を争ったベガルタ仙台やセレッソ大阪のような選手層や技術はないのに、それでもJ1にたどり着けた。最後の最後まで走り続けて、昇格が懸かった最終節でも0対2から大逆転できたんです。
なぜ、そんな凄いことができたのか。それはもう、気持ちがあったからとしか言いようがありません。気持ちだけで厳しいシーズンを戦い抜いたんです。
その気持ちをもたらしてくれたのは、ベルマーレのサポーターたちでした。ビッグクラブと比べると数では少ないかもしれないけれど、絆の強さでは絶対に負けない。もう10何年もクラブとともに喜び、泣いてきた同志のような彼らが、「いま上がらなくて、いつ上がるんだ」という熱い空気を創り出してくれたんです。だからぼくらも、痛みや疲れも忘れて死に物狂いで戦うことができた。ですから、あの昇格はサポーターがいなければありえなかった、心からそう思います。
このシーズン、ぼくは50試合に出場して13ゴール決めました。悲願の昇格に貢献できたという手応えがあって、少し肩の荷が下りました。安堵したというのは、このシーズンの2年前くらいから「ミスター・ベルマーレ」と呼ばれていたから。最初は抵抗がありました。だってこのチームには偉大な先輩がたくさんいるし、長く在籍しているといっても自分には大した実績がないですから。でも、昇格に貢献できたことで、ミスターの称号を受け入れられるようになりました。少しは胸を張ってもいいかな、なんて。

ただただ幸せだったラストゲーム

現役生活のラストゲームは、ほんとうに忘れがたいものになりました。昨年のJ2最終節、劇的な昇格が決まった一戦、それが16年に及ぶプロキャリア最後のゲームになったからです。
実は最終節の2か月前、クラブから来季は契約しないと伝えられ、引退するか移籍して現役を続けるかで悩んでいました。で、結論を出せないまま最終節を迎えてしまったんです。この試合に勝ったとしても昇格できる保証はなく、プレイオフに回るかもしれない。でも、この試合で昇格が決まり、その瞬間をピッチで迎えられたらドラマだな…なんて思っていたら、ほんとうにそうなってしまった。昇格のお祭り騒ぎの中で、引退を決めたんです。
ベルマーレでの13年間は、勝つより負けた試合の方が多いと思う。でも、歴史に残る昇格を二度も経験できたのは幸せでした。09年の昇格は苦しみから解き放たれたという感じの涙でしたが、二度目はただただ幸せのひと言。試合が終わった瞬間、選手としてがんばってきたご褒美のすべてを、一度にもらったような気がしました。

ホームタウンをベルマーレ一色に

昨オフ、現役生活にピリオドを打ったぼくは、今年からベルマーレのフロントに入り、営業をするようになりました。Jリーガーの多くは引退すると指導者に転身します。でも、ぼくはそうしなかった。選手はとても恵まれています。スタッフが身の周りの世話をしてくれるので、ピッチ以外では基本、受け身でいられる。営業ではそうはいかない。いきなり初対面の人にも頭を下げなくちゃいけません。これは大変なことですが、でも挑戦することが好きなぼくはそういう経験を自分からしてみたかった。子どものころからサッカー一筋、バイトひとつしたことがない。このままサッカーだけの生活を続けていたら、人間としての幅が狭くなってしまう、そんな思いがあったからです。
営業を始めたいまは、覚えることばかりで必死です。でも、物凄くやりがいがある。外回りをして「ベルマーレの坂本です」と挨拶すると、「あの坂本さん?」って驚かれることも多い。そこから関係が始まるので、現役時代のキャリアが生きていると思うことは多々ありますね。でもベルマーレは7市3町をホームタウンにしていますが、平塚以外ではまだ存在感が薄い。まだ「ベルマーレ平塚」なのかな、と思うこともあるんです。このことは営業をする上で、大きなモチベーションになっています。
いままで多くの苦難を乗り越えてきたことで、ベルマーレには素晴らしいサポーターがついています。この素晴らしいクラブをもっとたくさんの人たちに知ってほしいし、楽しんでほしい。湘南地域が隅から隅までベルマーレ色に染まる…そんな日を夢見て第二の人生をがんばります。

坂本紘司が選んだベスト11

坂本紘司のベストイレブン

ジュビロでの3年、ベルマーレでの13年で出会ったチームメイトや対戦相手から11人を選んだら、自分でも驚くほど豪華なチームになりました。3バックの一角を担う遠藤選手は年代別の代表に選ばれ続けている、ベルマーレ生え抜きの星。ぼくがいちばん期待する選手です。采配はもちろん、反町さんと曺さんのコンビにお任せ!

坂本紘司 プロフィール

坂本紘司(サカモトコウジ)

坂本紘司プロフィール

坂本紘司(さかもと こうじ)
1978年12月3日生まれ。静岡学園3年時に高校選手権ベスト4の原動力に。卒業後の97年、ジュビロ磐田に入団するが、2000年に出番を求めて湘南ベルマーレに移籍。在籍13シーズンでJ1、J2合わせて456試合に出場、57得点を挙げた。どちらもベルマーレ史上最多の数字だ。昨季のJ1昇格を最後に現役を引退。指導者としての勉強をしながら、クラブのフロントとして営業活動に日々汗を流している。

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