サッカーを愛して止まないあの人の ゆめのはなし

Jリーグの1試合最多得点記録を持ち、ベルマーレ平塚(現・湘南)の黄金時代を支えた野口幸司は今、解説者、指導者としてサッカーの魅力を伝えようと奮闘努力の日々を過ごしている。天性のストライカーが現役時代に見てきた世界、そしてこれからの夢を大いに語った。

勝負はどれだけ本気で取り組めるか

現役を引退して10年以上が経ちますが、過去に本田選手がいたころの星稜高校を指導し、現在は実践学園をコーチしています。幸いどちらの高校でも、選手権の大舞台を経験することができました。ぼくも高校時代、選手権に出ましたが、あの雰囲気は指導者になってもいいものです。本田選手がそうだったんですが、選手権に出て活躍すると子どもはとても自信をつける。それが大きな成長につながります。その意味でも、教え子たちを選手権に連れて行きたい、そんな思いが強いんです。
指導者というと、手取り足取り指導をして選手を導くというイメージがあるかもしれません。でもぼくは、指導者は選手のアドバイザーに過ぎないと思っています。できることはヒントを与えたり、やる気を引き出すことくらい。勝負は、本人がどれだけ本気になれるかです。
ぼくは小学4年からサッカーを始めました。Jリーグが生まれる前の時代でしたが、それでも始めるのが遅かった。でも、上手くなりたい、試合に出たい、活躍したいという一心で日が暮れるまでボールを蹴っていました。例えば当時、曲がるシュートはバナナシュートと呼ばれていましたが、こういうのが蹴れたらいいなあと思って、試行錯誤を繰り返しました。自分で工夫し、努力するのが当たり前だったんです。その中で技術を体得していきました。教わった知識、技術ではなかったからこそ、自分の血肉になったんだと思います。
今の子は、周りに指導者がいて、教材が山ほどある。努力すれば、いくらでも上手くなる環境が整っています。でもそのせいか、自分で身につけようという気持ちが薄いかもしれない。ちょっとやって上手くならないと、投げ出してしまう子が多いんです。身体能力やセンスも大事かもしれませんが、本気になって続けられるかどうか。そこが成功への分かれ道じゃないかと思います。

自分で創り上げたストライカー像

高校時代、攻撃的MFをやっていたぼくは、平塚でフォワードをやることになりました。理由はわかりませんが、ニカノールというコーチがぼくをコンバートしたんです。でも彼は、即席フォワードのぼくに特訓をしたりしなかった。「クロスが入るときはニアに飛び込め」アドバイスもこれだけでした。
でもぼくは、途方に暮れたりしなかった。昔から自分で工夫してやるのが当たり前だったので、自分で動きを研究してスタイルを作っていったんです。身体が小さいぼくは、大柄なDFとぶつかり合っては勝ち目がない。そこで細かく動いて隙を突くスタイルを確立していきました。横浜マリノスにいた元アルゼンチン代表のディアスにはシュートの型を持つことの大切さを学び、バルセロナの中盤で活躍していたバケーロには、ワンタッチで手早く仕事をすることの大切さを学びました。元々、得点感覚には自信があったので、すぐに結果が出始めました。

忘れられない1試合5ゴール

95年5月3日、ぼくは鹿島戦で5ゴールを決めました。これは20年経った今も、個人での1試合最多得点記録として残っています。5ゴールすべて後半に決まったんですが、右足、左足、さらにはヘッド。すべてワンタッチで決めたというのと、スーパーゴールがひとつもないというのがぼくらしかった。4点目を決めたとき、反さん(反町康治、現・松本監督)が「あと1点で記録だぞ」と耳打ちしてくれたのを憶えています。
この試合はぼくが記録を作ったというだけでなく、あの強い鹿島から大量7ゴールを奪って圧勝したということ、またルーキーのヒデ(中田英寿)が初ゴールを決めるなど、いいことが重なりました。あれからヒデにはよく言われたものです。「せっかく初ゴールを決めたのに、野口さんに全部持っていかれちゃった」って(笑)。
 

こだわりをもつことの大事さ

ストライカーというのは、とにかく1点決めるまでは落ち着かないもの。点が取れない試合が続くと、焦りが出てきて外すとかなり引きずります。反対に、シーズン初ゴールが早く決まると調子が出てきて、どんどん決まる。そういうときは外しても引きずらない。ストライカーは気分的なものが大きいんです。
鹿島戦でも1点決まって気が楽になり、面白いようにゴールが決まりました。1点取ると不思議と周りが見えるようになって、こぼれ球やクロスがどこに来るかわかるようになる。
「どうしたら、いいストライカーになれますか?」よくそんな質問をされますが、何よりも大事なのは点を取ることを考え続けるということですね。自分の目標に向き合うことで、やるべきことや大切なことが見えてくる。いい選手はみんなこだわりを持っています。それはサッカーが上手くなるための、大きな条件だと思います。

野口幸司が選んだベスト11

同時代の凄かったヤツ、ベスト11

現役時代、味方なら頼もしかった選手、敵なら嫌だった選手を選んでチームを構成しました。対戦していて嫌だったのは横浜マリノスの守備陣。特に井原さんは抜いたと思っても、なぜか先回りしている。あのカバーリング能力には脱帽しました。同業のストライカーでは、やっぱりスキラッチですね。もう異次元。トラップやターンが抜群に上手くて、たらたら歩いているかと思うと不意に動き出してゴールを決めてしまう。ワールドカップ得点王は伊達じゃないと思いました。こんなにいいメンバーが揃っていたら、ぼくなんか出る幕はありません。お客さんのひとりとしてスタンド観戦します(笑)。

野口幸司 プロフィール

野口幸司(ノグチ コウジ)

野口幸司プロフィール

1970年6月5日生まれ、千葉県出身。市立船橋高校でインターハイ2連覇、選手権準優勝を達成し、卒業後の1989年、ベルマーレ平塚(現・湘南)の前身であるフジタに入団。94年からJリーグで活躍する。日本では数少ないワンタッチストライカーとして知られ、95年の鹿島戦で決めた5ゴールは、Jリーグの1試合個人最多得点記録。2000年に引退するまで平塚、川崎(JFL)、名古屋、大宮でプレーし、J1で149試合59得点、J2で31試合5得点の記録を残した。日本代表では95年のコスタリカ戦に出場している。現在はWOWOWのスペインリーグを中心に解説業を行ないながら、指導者としても活動中。14年2月に『日本サッカー向上委員会』(洋泉社)を上梓した。

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