サッカーを愛して止まないあの人の ゆめのはなし

97年11月、マレーシアはジョホールバルの地で、日本のW杯初出場を決めるゴールを決めた「野人」こと岡野雅行。その突出したスピードと希有なキャラクターで多くの人気を集める選手だった。昨年、惜しまれながら現役生活に幕を下ろし、今季からはガイナーレ鳥取のGMに就任。『野人と漁師のツートッププロジェクト』をはじめ独創性のある企画を連発し、早くも山陰のサッカーを盛り上げている。野人伝説第2章は始まったばかりだ。

山陰から働きかけるJリーグの活性化

昨年の秋、選手を引退しました。長いプロ生活を送れたのは本当に幸せでした。「まだ走れるんじゃないか」と言ってくださった方も多かったのですが、「ガイナーレをJリーグに」と宣言して鳥取に来て、一度はJ2に昇格したものの、J3に落ちてしまったので、責任をとる意味もありました。同時に40歳も超え、他の仕事もやりたいと思うようにもなっていました。2014年はワールドカップがあるので、解説者やレポーターのオファーもありましたし、指導者の道を選ぶ可能性もありました。東京に戻ってゆっくり考えようかな、と思っていたのですが、社長に「GMをやってくれないか」というお話をいただきました。正直、「できません」と即答しました。なんせ僕はクラブ運営なんて素人同然ですから。でも「強化と観客動員中心でいい」という話でしたし、高校(松江日本大学高等学校/現立正大学淞南高等学校)時代から山陰には縁もあり、ガイナーレで5シーズンも過ごさせてもらったので山陰愛が改めて生まれていました。お世話になった人、応援してくれた方への恩返しという気持ちもあり、何か役に立てれば、と奮闘している毎日です。同時に、鳥取のような地方のチームが下のカテゴリーに落ちてしまって、そのまま元気がなくなってしまうのであればJリーグ全体にとっても良くないな、とも気付きました。「一度、落ちたけどまた這い上がってきたぞ」みたいなポジティブなニュースを山陰から発信できればリーグ全体が活気づくんじゃないかな、と期待しています。そういう意味でもとてもやりがいのある仕事ですね。
 

大好評だった「野人と漁師のツートッププロジェクト」

具体的にGMの仕事といえば今はとにかく営業ですね。スポンサーさまやサポートしてくれる方々にできる限り挨拶にうかがいたいと思っています。県内外で450社くらいあるので、大変といえば大変ですが、多くの人に会ってたくさんの話を聞くのは選手時代にはできなかった経験なので、ありがたい気持ちのほうが大きいです。また、営業に行ってお会いした方に現役時代のことについて「犬に走り勝った伝説って本当ですか?」とか「肺に穴が空いたけど、治ってたって嘘ですよね?」とか質問されることもあります。ちなみに両方、事実です。「ひとりスルーパス、最高でした」なんて声をかけてくれる人もいるし、初対面の方とそうやって話が盛り上がったりすると仕事もしやすいし、ああ、頑張ってサッカーしてきて良かったな、と思います。まあ、伝説に関しては、僕自身は普通にやっているつもりだったんですけど、周りの人が「野人伝」と言って広めてくれた部分もあるので、その人たちにも感謝したいですね。あとは「ヤジンガーZ」というのがあって…、でもこれ、やばいな。やめときましょう。
とにかく、選手時代のプレーやエピソードが武器になっているのは本当に嬉しいし、ありがたいです。日本でも世界でもクラブの数だけGMがいて、おそらく仕事の仕方もそれぞれ違うと思います。どれが正解、ということはないので、僕なりのやり方でやっていくしかないのかもな、とも思っています。そういう意味でも5月末から始めた「野人と漁師のツートッププロジェクト」はひとつの形だったので、実現して良かったです。境港の漁師さんに挨拶にうかがって、何かできないかなと考えていたら誰かが「金はないけどカニはある」なんていう冗談やダジャレを言っていて、そこからのスタートでした。強化費を寄付してくれた方に地産の海産物をお送りする。ふるさと納税みたいな感じですね。カニやノドグロなどをはじめ、質のいい海産物が口コミで評判を呼んで、最終的には5296口、2648万円の強化費が集まりました。おかげさまでフェルナンジーニョ選手を獲得でき、彼はさっそくハットトリックを達成するなど結果が出てほっとしています。
境港のみなさまをはじめ、協力してくれたサポーター、寄付をいただいた全国のファン、特に浦和からの寄付が多く、感謝してもしきれません。改めてありがとうございました。また僕なりのやり方でこういう仕掛けはしていこうと思うのでよろしくお願いします。
 

代表戦士の輩出も視野に、まずは鳥取をJ2に!

最近「将来的には浦和に戻っちゃうんですか?」そう声をかけられました。正直、それについては答えることはできません。というのは、それは僕が決めることではないんですよ。浦和に戻っても仕事があるかどうかなんて分からない。GMもプロでなくてはならないので、ここ鳥取で結果を出さないことには、僕に将来の仕事はないわけです。だからまずは、鳥取を強くしてとりぎんバードスタジアムにお客さんをたくさん呼んで、もっともっとガイナーレの認知度を上げていきたい。ただ、単純に「鳥取をビッグクラブにしたい」というわけでもなく、『野人と漁師のツートッププロジェクト』のように地域の人と協力しながら、手作り感溢れるクラブのまま、J2に昇格し、J1まで行く。それが理想ですね。
さらに僕の夢はガイナーレから代表選手を出すこと。具体的には闘う気持ちの強い選手を送り出したいですね。ブラジルワールドカップ、残念な結果に終わりました。選手は全員、一生懸命にプレーしていたことは間違いないのですが、それが観ている人に伝わらない部分はありました。僕がワールドカップに出た頃よりも絶対にレベルは上がっています。そのぶん理想ばかりが先行して、闘う気持ちがその次になっていたのかもしれません。決勝トーナメントを観ると、賛否両論あるかもしれませんが、ほとんど喧嘩みたいなプレーやゲームも少なくありません。まずは闘う気持ちを持って本気で勝ちにいって、戦術はその後に生まれるものでもいいと僕は思っています。闘うことのできる選手を育てること、それも今後の大きな目標であって夢ですね。
 

岡野 雅行が選んだベスト11

一緒にプレーした選手ベスト11

フォーメーションは3バック3トップが好きなんです。ギドとトゥーは即答できるんですが、もうひとりが難しいなあ…。まあ、ヤマでいいか。入れてあげよう。中盤は、ボランチにハセ。その前に伸二、名波、ヒデという夢のある構成にしたいですね。前線にはワシを置いて起点として、右のワイドにエメ。左は特にいっぱいいるなあ、やっぱりファン・デル・メイデかな。彼はスーパーだった。

岡野 雅行 プロフィール

岡野 雅行(オカノ マサユキ)

岡野 雅行プロフィール

長髪をなびかせピッチを縦横無尽に走り回るプレースタイルで、「野人」というニックネームとキャラクターが定着。日本代表にも選出され、W杯初出場を決めるVゴールを決めたことでさらにブレイク。98年フランス大会にも出場した。その後、オランダや香港などでもプレーし、09年からは当時JFLだったガイナーレ鳥取に加入し、山陰地方初のJリーグクラブ誕生に貢献した。13年末、惜しまれながら引退。現在は同クラブのGMとして手腕をふるっている。

ページの先頭へ