サッカーを愛して止まないあの人の ゆめのはなし

小中高と将来を嘱望されたサッカー選手時代、事故によって車いす生活を余儀なくされたサラリーマン、そしてスペイン留学を経ての指導者時代。サッカーに関わる人物としては特異な経歴である羽中田 昌が2015年監督に就任したのは、関東社会人サッカーリーグ 1部、東京23FCだった。東京23特別区を代表するクラブチームとなるべく練習に励む羽中田のサッカー今と昔。

クライフを見て衝撃を受け、こんなことができるのかと夢を与えてもらった

事故や病気など、いろいろな不運を経験してきましたが、サッカーをつまらないと思ったことは一度もないと思います。事故で車いすに乗るようになり、「サッカーを観ると、どうしてもやりたくなるのにできない」という苦しさを味わうのが嫌で、しばらくサッカーを観ない時期はありました。
サッカーを始めたのは小学校3年生の時。うちの兄がやっていたのと同級生のお父さんが監督をしていたことに触発されてでした。友達とボールを追いかけて、ワイワイガヤガヤとやるのが楽しいというぐらいでしたが、小学4年生時、74年の西ドイツW杯でオランダ代表のヨハン・クライフを見て衝撃を受け、こんなことができるのかと夢を与えてもらいました。今まで自分が知っていたサッカーとは別次元のものがテレビの中で展開されていて、もうこの世のものとは思えなかった。「ああ、いつかこんなプレーができたらいいな」と思い始め、本格的に「サッカーやるぞ!」と思うようになりました。クライフのすごさを言葉で表現するのはすごく難しいのですが、華麗さはもとより、その時そう感じていたかは分からないですけれど、味方を使う上手さですよね。要するにサッカーを一人でやっていなくて、組織プレーのおもしろさが彼中心に表現されていた。
クライフのようになりたい、W杯に自分も出たいという夢を持って夢中でサッカーボールを追いかけ、本当にサッカー一色の生活でした。小学校5年と6年の時、読売ランドで行われた全国大会の優秀選手に2年連続で選んでいただき、中学校時代はナショナルトレセンにも呼んでもらうなど、評価していただく機会が続き、「いつかヨーロッパに行ってサッカーをやろう」「プロ選手になろう」と考え始めていました。プロになって「クライフのような選手になる」とも夢見ていましたね。ヨーロッパの緑のピッチの上でクライフと同じ空気を吸いながらプレーする、みたいな夢を。
 

セレクショナドールより、エントレナドールの方が好き。

昔はよくドリブラーと言われていたんですが、実は嫌でした。アシストする方が好きだったし、スルーパスを通した感覚の方がドリブルで抜くより好きだった。仲間と一緒にやった方が一人で味わう喜び、苦しみも全部倍増するじゃないですか。さらに苦しみは分散されるかもしれない。そういうみんなと一緒にやっていくというサッカーの楽しさを味わっていましたね。もちろん、美しく勝利せよというクライフイズムは常に目標。ボールが選手を結びつけていき、こちらから仕掛けてゴールを目指す、それがサッカーの美しさだと思っていました。特に中学校は、監督や顧問の先生がサッカー未経験の人だったので、自分たちで練習メニューを考えてやることも多く、中心選手として、パスを繋いでゴールを目指そうと意識を共有していきました。
とはいえ、良いチームという解釈はそれぞれ違うと思います。どういうサッカーをするのか、チーム戦術をどうするのかは、指導者や監督がつくるんじゃなくて選手たちがつくるもの。どんな選手がいるかによって、良いサッカーとは何かということが変わってくると思っています。基本は選手ありき。選手が主役で、極端に言えば選手が戦術なんです。
代表監督の場合は選手を集めることが大事な仕事。監督と呼ばれずに“セレクショナドール”=「選ぶ人」という言い方をするぐらいです。スペイン語でクラブの監督は、“エントレナドール“=「トレーニングする人」という言い方をします。状況によって変わってくるとは思いますけれど、クラブの監督は鍛える人であって、そこにいる選手を見て戦術が決まってくる。個人的には、自分の理想とする戦術に向けて選手を選ぶセレクショナドールより、エントレナドールの方が好き。実は僕、試合より何よりもトレーニングが楽しい人間なんです。次の試合に向けてどういうトレーニングをしていくかを考えながら、実際にグラウンドで選手たちとトレーニングしている時間がめちゃくちゃ楽しい。試合よりその前段階の方が楽しいという(笑)。試合はトレーニングを楽しむためのもの(笑)。半分冗談半分本気です。試合は選手と見てくれる人たちに楽しんでもらうということですね。そのためにトレーニングをする。トレーニング、練習をするときって、本当に試合でできるかどうかって想像してドキドキしますよね。それが楽しい。
 
 
 

夢中になれることってすごい才能だと思う

怪我もあり必然的に指導者の道へと進みましたが、選手と監督は別のものです。それぞれの楽しさ、喜び、苦しさがありますけど、やっぱり選手の方が楽しい。自分ができなくなったからというのもあって、やりたい思いが強いのかも知れないですけれど。
選手でも監督でも、大事なのは夢中になれるかどうか。夢中になれることってすごい才能だと思うんです。むしろサッカーをやる上で一番必要な資質だと言ってもいい。さらに根気づよくチームづくりをしていくことと、夢中になった状態を継続する能力は必要だと思います。そして選手を好きになれるかどうか。選手を愛することができるというのも監督としての大事な能力です。もちろんそうした精神的なことだけではなくて、技術的な能力もなければダメですよ(笑)。どっちが先ということはなくて、どういう指導者になるか、どのカテゴリーの指導者なのかによっても変わってくると思います。
選手たちには、サッカーをサッカー以外のことから学べ、とよく言っています。その根には、ひとりじゃサッカーはできない、常に何かと関わっているという意識がある。いろいろな関わりの中で自分の能力を発揮するためには、感性が必要だと思うんです。その感性を磨くためにはサッカーをやっているだけじゃなく、いろいろなところから刺激を得て、磨いていくことが大事なんです。いろいろな物事の見方、感じ方を身につけていくこと。サッカーだけ、グランドだけの世界ではちょっと狭すぎるんじゃないかなと。より広いところからそういったものを中心として感性を磨き、それをサッカーに結びつけて欲しいんです。
僕は車いすになって就職した山梨県庁での経験は刺激になったし、いい形で残っています。結果論ですが、車いすになって目の高さや視点が変わったことで、多くの人が見ている世界との違いも学ぶことができました。時間の流れ方や人との関わり方も変わった。そういう意味で、人と違う感性みたいなものを持つチャンスはあった気がしています。日々の生活の中で何かを気づくというのが大事で、グラウンドから離れても、サッカーに結びつくことがたくさん転がっていると思うので、そこを大事にしたいし、してほしいです。
 

チームを継続して積み上げていく時間をつくるという努力

今年監督になった東京23FCは、Jリーグのようないわゆるプロとは違う、下部のリーグにいます。トッププロチームの監督経験がないのでわかりませんが、いろいろな違いがあると思います。プロの世界だと当たり前のようにピッチに立ちそこからハイ、スタートとなりますが、お金を稼ぐ仕事を別でやりながらサッカーを続けるいまのカテゴリーでは、ピッチに立ってスタートするところまでが大事になる。途中でやめずにチームを継続して積み上げていく時間をつくるという努力も必要になってきます。不安と闘いながらの選手たちは多いと思いますしね。東京23区内をホームとするチームとして、地域の方々の日常にサッカーやクラブが深く入り込んでいくような体制になっていくとおもしろくなる。毎週の試合で勝った負けたで、胸がキュンキュンするようなね(笑)。
日本のサッカー界はこれからどこを目指すのか。サッカーはおもしろい! とたくさんの人に思ってもらって、大きなスタジアムがいつも満員になることを目指すのであれば、まだまだ足りないところはたくさんある。サッカーと関わっていない人が今のJリーグを見ておもしろいと思うかというと。そうは思えないですから。
例えば、リーグを引っ張っていくようなビッククラブの存在。毎年優勝が変わるのではなくて、常に優勝争いをするビッククラブがいくつか出てくることも必要。その中に本当にスーパースターが存在するわけで、サッカーはある意味ショーでもあるわけですから、観客に喜んでもらえるスター選手、ビッククラブを育てていかなければダメだと思いますね。
 
 

プレーヤーとしてやり残したことがすごくたくさんある

サッカー選手として印象に残っている試合は高校最後の試合ですね。3年生の国立の決勝、20分くらいしか出られなかったんですけれど、その後事故をしてしまうので、プレーヤーとしての最後の試合でしたが、こてんぱんに負けました。プレーヤーとしてやり残したことがすごくたくさんあって、その象徴として、あの試合が一番印象に残っているのかも知れません。当時、次の試合でピッチに立ったらこうやろうああやろうと考えていたことが、たくさんあったと思うんです。プレーヤーとしてはそれができなくなって、それを指導者として実行しようとしているのかも知れません。だから、今考えると優勝したかったですけれど、準優勝で終わって、その悔いみたいなものがもう1回サッカーに戻ろう、監督になろうといったところに繋がったのかも知れないです。
 

夢はカンプ・ノウ

目標は、時間はかかると思いますけれど、東京23FCでJ1に上がることです。さらには、東京23FCがカンプ・ノウでバルサと戦って4-4くらいで引き分ける。それで、勝つことをまた次の目標にします(笑)。
昔は夢、夢と言っていたんですけれど、最近ではあまり言わなくなりました。昔は夢や目標をもつことによって今を大事にするようになるし、目標に向かって今何をしたらいいかが分かるから大事だと思っていて、すごく意識していたんですが…。いまは目の前の一日一日というふうに考えているのかもしれません。今日1日をどういう風に大事に過ごし、楽しく一生懸命夢中に向き合えるか。その継続の先に夢がある、みたいな。まず夢があるんじゃなくて、東京23FCで監督やりながら夢中で日々を過ごして、しばらくして具体的な夢が見えてくるのかもしれませんね。
 

羽中田 昌が選んだベスト11

ベストイレブン

バルサでプレーした選手のベストイレブンです。 俺のドリームチームですね。想像を超えるフットボールを生み出してくれることを期待して選びました。
 

羽中田 昌 プロフィール

羽中田 昌(ハチュウダ マサシ)

羽中田 昌プロフィール

1964年、山梨県甲府市出身。83年山梨県立韮崎高校時代に高校選手権で活躍。高校選抜に選ばれるなど将来を嘱望されていたが、バイク事故で脊髄を損傷。車椅子の生活を余儀なくされる。9年間の山梨県庁勤務を経てスペイン・バルセロナに5年間の指導者留学。帰国後は暁星高校と韮崎高校でコーチ。2008~9年にカマタマーレ讃岐、12年奈良クラブで監督を歴任。サッカー解説者、講演、執筆業など幅広く活動。06年JFA公認S級ライセンスを取得。著書に『夢からはじまる』(集英社) 『バルセロナが最強なのは必然である・グアルディオラが受け継いだ戦術フィロソフィー』(翻訳、カンゼン)などがある。
 

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