サッカーを愛して止まないあの人の ゆめのはなし

アンプティサッカーをご存知だろうか。様々な障害者サッカーがある中でもまだまだ認知度は低いと言わざるをえないこのサッカーは、上肢・下肢切断障害者のためのもの。松葉杖を使い行うサッカーとは、一体どんなスポーツなのだろうか。右腕をなくし、現日本代表GKであるプレーヤー長野哲也に聞いた。

クラッチ同士が当たったりするかなりバチバチの接触プレー

アンプティサッカーは上肢か下肢のない切断者が行うサッカーのことで、手がない人はGKをやり、足がない人はクラッチというスポーツ用の松葉杖を使ってフィールドプレーヤーになります。現在、僕はアウボラーダ川崎というチームにGKとして所属していて、2014年、メキシコで行われたW杯では日本代表に選出されました。グラウンドは、Jリーグなどプロサッカーで使われるグラウンドの3分の2ぐらいの大きさで、ルールはフットサルとほぼ同じ。ゴールは小学生が使用しているものと同様。特殊なのは、ゴールキーパーがペナルティエリアから出られないことかな。前後半25分ずつの計50分間で、ハーフタイムは10分。フィールド6人とキーパー1人の7人制。杖をついてやっているとはいえ、クラッチ同士が当たったりする、かなりバチバチの接触プレーが魅力です。ちなみにクラッチにボールが当たっちゃうとハンドになります。どうしても当たってしまうこともあるので、意図的なものなどを中心に笛は吹かれていますね。意図がなくても、チャンスの時に当たるとファールになることも。上肢・下肢の切断には長さも多少ないし影響します。例えばGKは、損傷のある方の手や腕にボールが当たっちゃったらハンドになってしまいます。長いからバランスがとりやすい反面、難しさも存在します。手足を失くしたわけではなく、あるけれども動かないという人もW杯には出ていました。年齢や性別の制限が基本的にはないので、小さい子供や女性でも出場できるんですよ。

日本人の競技人口は全国7チームで約80人。

アンプティサッカーは、1980年代にアメリカ人のドン・ベネットという切断者の方が、米軍負傷兵のリハビリの一環として普及させたのがスタートです。現在、世界約30カ国でプレーされています。ロシアやトルコ、ウズベキスタンが強くて、ロシアやトルコには国内リーグまである。トルコにはアンプティサッカーの人口が500人くらいいると聞いていますが、日本にはまだ国内リーグが存在しません。今後、全国的に活動していくなかで、アンプティサッカー人口を増やして国内リーグを開催する事を目標にしています。日本には2008年にブラジル日系3世のエンヒーキ・松茂良・ジーアスという若い選手が仕事で来日した際に「切断者のためのサッカーがある」と広め始め、2010年に日本アンプティサッカー協会が設立されました。日本人の競技人口は全国7チームで約80人。神奈川に2チーム、北海道と千葉に1チーム。西日本は岐阜、三重、和歌山、大阪などの近畿・東海の辺りがひとつになった関西1チーム、広島と大分を中心とした九州の1チームです。月に4回、週末に練習があるのですが、遠距離ということもあって毎週は行けていません。ただ僕の場合は、両足が元気なので普通にサッカーもやっていて、静岡市の社会人リーグにも出場しているんです。アンプティの練習は月1・2程度、浦和レッズの大原グラウンドの横にある障害者交流センターでやっています。普通にサッカーができるとはいえ、実際に静岡の県リーグに出場するのは難しいので、多い時は週3回、コンディショニングとアンプティサッカーの為のトレーニングを含め、社会人チームで練習しています。

近所のお兄ちゃんがサッカーをやっていたことに影響されて始めた

サッカーを始めた大谷小学校は静岡市内では強いチームで、幼稚園時代から仲良く遊んでくれていた近所のお兄ちゃんがサッカーをやっていたことに影響されてでした。低学年のうちは大会がないので、たまたま1個上の学年の試合に出られるようになった時、公式戦で点を入れたのがうれしくて、急に楽しくなって一気にやる気になりました。中学は川口能活さんや高原直泰さんもいた東海大学第一中学校という、全国優勝もする強豪校に入学。僕らの学年は3クラスしかなかったのですが、3クラス100人のうちなんと48人がサッカー部…。それが3学年いるのに、学校のグラウンドはサッカーコートが1面ちゃんと作れないという環境で、さらにそこを野球部と半分ずつという…。そんな想像もつかないようなグラウンドにゴールを6つ並べて、対人練習。そして3年間を通じて、徹底的に個人技術を叩き込まれました。僕は基本ベンチ外でしたが(笑)、浦和レッズの鈴木啓太が同い年でキャプテンでした。
 
小学校高学年の時にJリーグができて、Jリーガーになりたいという目標はありましたが、選抜にも選ばれたことがなかったので、プロというよりも、まず今サッカーがうまくなりたいと思っていました。中学は周りの選手がすごい人だらけという環境の中で、自分もうまくなっている実感はそれなりにあったのですが、出場機会がそれほどなく、そのまま強豪校に行って出場する機会が少ないより、自分がチームを引っ張っていきたいという気持ちが強くあって、当時、静岡の上位を目指せる位置にいた静岡西高校に行きました。

怪我をした瞬間に思ったことは「もうサッカーができない」

怪我をしたのは2007年、26歳の時。仕事中機械に腕を巻き込まれてしまい、そのままヘリコプターで病院に搬送されました。肩甲骨から先がなくなり、鎖骨も半分しかありません。先程お話したように、日本にアンプティサッカーが入ってきたのは2008年なので、怪我をした時は日本にはまだありませんでした。だから怪我をした瞬間に思ったことは「もうサッカーができない」ということ。突然入院したものの、怪我をした部分以外は問題なく動いていたので、病院内の階段を走ったりしていました。毎日のようにサッカーをしていましたから、ただ病室にいるのが苦痛だったんです。リハビリの時間もそれなりにあったんですが足りなくて、自分でバイクを漕いだり、チューブを借りて筋トレしたり。そんなことしていたら動き過ぎちゃって、「もう病院から出てください」みたいな退院勧告をされました(笑)。
 
ひどい怪我でしたが意外と心は折れなかったんです。怪我をした数日は落ち込んではいましたが、吹っ切るのも早かった。ICUにいる時から箸を持ってきてもらって、利き手交換のために左手の練習を始めていましたから。ノートに名前を書く練習も楽しく出来ていた。子供が生まれて2ヶ月ぐらいの時の怪我だったので、病室に子供が面会に来てくれた時は嬉しかったですね。
 
ただ、サッカーをやり始める一歩目が難しかった。一緒にボールを蹴るのに付き合ってくれた友人、グラウンドに呼び戻してくれた仲間に感謝しています。サッカーをする際、直接当たると痛いので、クッションが入っている装具を特注で作りました。サッカーに復帰した最初の頃は、意外と体が動いて、県リーグで点を取ったりもしていたんです。これなら出来ると思いました。周りもうまいので合わせてくれたということもあるんですけれどね(笑)。脳性麻痺やブラインド、デフ、車椅子のサッカーがあるのは知っていたので、入院中、切断者のサッカーもあるんじゃないかと探したんですけれど、いろいろなところに問い合わせてもダメ。それで吹っ切れて、プレーできちゃってるなら「普通にサッカーやっていればいいや」と思ってサッカーを続けていました。
 
2013年のある日、仕事用の義手が壊れたので修理してもらいに行った先に、たまたまアンプティサッカーを紹介するチラシが置いてあったんです。すぐ電話して、その週の日曜に練習があるというので行きました。その時は「こういうサッカーがあるんだ。すごい!」とは思ったんですけれど、そもそも普通のサッカーをできていた自分には「こんな感じかなぁ」という思いがありました。翌週、千葉でサッカーの大きなイベントがあったので観に行くと、アンプティサッカー日本代表選手クラスの人がみんな集まっていて、一緒に練習をさせてもらったらうまさの次元が違った…。「これだ!!」と思って、本格的に始めようと決意しました。

初めてのGK。大会で最後尾を守ることへの半端ない緊張感を知りました。

アンプティサッカーでは、手足の有無によってフィールドかGKかが決まるので、両足のある僕はGKになります。いままでウィングやボランチを主にやってきて、キーパーは初体験。今まで点を入れられるとキーパーを馬鹿にしたりもしていたんですが、すいませんでした(笑)。大会で最後尾を守ることへの半端ない緊張感を知りました。フィールドプレーヤーだったら、ちょっと抜かれても何とかなってたんですけどね。
 
アンプティサッカーの選手が皆サッカー経験者というわけではないんです。現所属チームにいる日本代表選手は柔道経験者。だから当たりの強さは国内トップクラス。つまりサッカーで培った技術とはまた別の技術もアンプティサッカーには役立つ。長く携わってきた選手に言わせると、練習をするにしてもサッカーを知り過ぎちゃっている人よりも、体幹トレーニングとかそういう身体能力を伸ばしてくれるコーチがいいのだそうです。いわゆる“サッカー“を求められ過ぎると、全てがそうではないから、と。
 
うちのチームにはキーパーが4人います。3人が代表候補で内2人は代表です。キーパーは意外と多くて、フィールドプレーヤーを探しているのですが、呼びかけ始めとはいえなかなか見つかりません。どうやら糖尿が原因の方が多く、年齢も高齢の方みたいなんです。いたとしても、チームスポーツの経験がないとどうしても陸上にいく人が多いみたいですね。陸上は義足や特殊な器具を付けますが、アンプティサッカーは義足では壊れやすくてできません。義足でやってしまうと、怪我の場所によっては指先だけがないような人もいて、有利不利が出てしまいます。ルール上でもNGです。

今はこうなってよかったとすら思っています。

自分がこういう立場にならなかったら、福祉や障害者に関わることはまずなかったと思うんです。右腕はないですけれど、逆に今はこうなってよかったとすら正直思っています。運命ってあるかは分からないですけれど、そういうものだろうな、と。みなさんが僕と同じ考えではありませんよ! グラウンドに出てくれば明るくなれると思っているので、同じ様な立場で何もせず、あと一歩踏み出せない人がいたら誘ってあげたいと思っています。アンプティサッカーを広めていく中でも、サッカーというより一緒にスポーツをしようよという感覚でできたらいいですね。グラウンドでは着替える時、荷物の周りに足や手がゴロゴロしていて、なかなかあり得ない光景が広がっているんです(笑)。世間では笑いながら言える話題じゃないですが、ここなら言える。仲間がいるというのは大切ですね。アンプティサッカーを始めるのに元々のサッカー能力はいりません。大事なのは楽しめるか楽しめないか。僕がいるチームには小学生の子もいます。一緒に練習もミニゲームもやりますよ。さすがに力の差があるので、大人の対応をしますけどね(笑)。上の方は他のチームに50歳くらいの方もいます。

世界を見れたのはよかった。そんなにレベルの差はないと思いました。

日本代表は今までに3回W杯に出て、過去2大会は一勝もできませんでした。昨年末に行われたメキシコW杯で初勝利し、初の勝ち点3を取りました。そして強豪トルコにも勝ったんです。前大会で13対0で負けたトルコに3対0で勝利。決勝トーナメントは、これまた抜群の身体能力を誇る強豪アンゴラにあたって負けてしまいました。順位決定戦があるのかと思ったらなくて、親善試合があったので負けた後も大会の最後までいたんですけれど、どういう順位付けかわからないままに11位(笑)。失点はアンゴラに入れられた1点だけのはずだったのになー。

世界を見れたのはよかった。そんなにレベルの差はないと思いました。上の3チーム、ロシア、ウズベキスタン、トルコは突出して強いのですが、あとは日本とレベルの差はあまり感じませんでした。組み合わせ次第ではW杯で上位に食い込めると思う。身体能力の差はもちろん、トラップやパス、シュート、体力など根本的かつ基礎的なところをしっかりやることで埋めていきたい。アンゴラみたいにアフリカ勢特有のところまでは難しいとは思いますが。日本人にも他国に負けないところがあると思うので、突き詰めていきたいですね。
 
いま自分が住んでいる静岡にチームを作りたい。さらには全国的にチームがないので、なかなか競技人口が増えていきません。今年の1月、清水にあるJステップというナショナルトレーニングセンターで障害者のサッカー大会があって、僕らはアンプティサッカーとしてエキシビションマッチをしたのですが、結構反響が大きくて次の大会にも出て欲しいと言ってもらえました。静岡は地理的に一応全国の中心にあるので、全国からも集まりやすい。しかもサッカー王国ですから、ぜひチームをつくりたい。
代表にも、悔いが残り不完全燃焼だったメキシコ大会の気持ちをプレーで表現して、また選出してもらえるように頑張ります!
 
5月9日と10日、大阪で「第二回レオピン杯Copa Amputee」という大会があります。いま年間2つある全国大会のひとつで、全国の8チームが集まります。無料で観戦できますので、ぜひ生で試合の迫力を味わってみてください(詳細は下記ご参照ください)。

アンプティサッカー全国大会 第二回レオピン杯Copa Amputee
JAFA 日本アンプティサッカー協会
 

長野哲也が選んだベスト11

ベストイレブン

自分が今までサッカーをしてきたなかで影響を受けた選手で組んだベストイレブンです。一番身近で感じたすごい才能である高原さん、アンプティサッカーにも関心を持ち、レッズというJ1屈指のチームで今なお頑張っている鈴木啓太は外せません。ディアスはJリーグができて、最初に凄いと思いファンになりました。KINGカズといえば誰もが認めるスーパープレイヤーだと思います。小野選手、日本で天才と呼べるのはこの人だけ! 岡崎選手、あれだけハードワークできるし、結果も残しているお手本になる選手。ガットゥーゾはプレースタイルが大好きで、参考にしていました。ロベカルのようなシュートが打てたら…、デサイーのようなディフェンス能力があればと真似しながら練習してました(笑)。マスケラーノは、ブラジルW杯で一番印象に残りました。そしてノイアー。アンプティサッカーでGKをやるようになってからのお手本です。監督は泰年さん、現役時代の実績と、監督として北九州、ヴェルディ、そして現在チェンマイFCで実績を積まれている静岡が誇る名監督! 僕はコーチぐらいで(笑)。
 
フォーメーション:3-4-3
監督:三浦泰年
テクニカルコーチ:長野哲也(本人)
 
FW:高原直泰/ラモン・ディアス/三浦知良
MF:小野伸二/岡崎慎司/ガットゥーゾ/鈴木啓太
DF:ロベルト・カルロス/デサイー/マスケラーノ
GK:ノイアー

長野哲也 プロフィール

長野哲也(ナガノ テツヤ)

長野哲也プロフィール

1981年、静岡県生まれ。東海大学第一中学校(現 東海大学付属翔洋高等学校・中等部)時代、全国大会優勝。高校卒業後、社会人チーム横内FC(現 フォンテ静岡)でプレー。2005年に第12回全国クラブチームサッカー選手権大会で準優勝。翌年は自身キャプテンとしてのぞむも、東海大会で敗退。2007年26歳の時に仕事中の事故で、右腕切断。2009年県2部リーグ復帰。2011年県1部出場を経て、フォンテグループ下部チームに移籍。2013年にアンプティサッカーに出会い、神奈川県のチームアウボラーダ川崎に所属する。2013年第3回日本アンプティサッカー選手権大会準優勝。2014年第4回日本アンプティサッカー選手権大会優勝。2014年アンプティサッカーメキシコW杯日本代表。

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