サッカーを愛して止まないあの人の ゆめのはなし

現役時代は柏や新潟などを渡り歩き、甲府時代にはクラブ初となるJ1昇格の立役者となった生粋のゴールハンター・長谷川太郎。17年の多彩なそのキャリアの中で見つけた自身の新たな夢は、日本サッカーの命題「決定力」に関わるものだった。

1本のゴールで人生が変わる サッカーの難しさと厳しさ

忘れられない1本のシュートがあります。
01年シーズン、J1後期の第6節でした。アウェイの神戸戦です。延長に入って2トップを組んでいたマチ(町田忠道)がヘディングでそらしたボールが裏に抜けて、GKと1対1になりました。当時はVゴール制度だったので、決めれば間違いなくヒーロー。でも確か、相手GKは掛川誠選手だったと思いますが、彼の足に当ててしまって決め切れなかった。思うように試合に出られない時期で、決めれば次節も出られたかもしれない決定機でした。
そのシーズンが終わって僕はレイソルから移籍してしまうのですが、翌年に就任したマルコ・アウレリオ監督は若手を積極的に起用する人でした。タマ(玉田圭司選手)が試合に出始めてブレイクしたのはたぶんこの頃ですね。もちろんサッカーに「たられば」はないので、「あれを決めていたら来季、レギュラーを獲れてバンバン得点も重ねて…」なんて甘くはないとは思いますが、後悔のようなものはずっと身体に残っています。
たぶん、その後からです。すべてのプレーをゴールから逆算してイメージするようになりました。自分には何ができて何ができないのか。それを紙に書き出す習慣もつきました。
逆の例としては、04年にも忘れられないゴールがあります。
甲府と半年の契約をしていてそれでもなかなか結果が出なくて、ほとんどラスト・チャンスのゲーム、その日はちょうどイベントがあって、1万人の観客が入ってくれた札幌戦ですね。後半途中から出て、ペナの外くらいに浮き球がこぼれてきたんですけど、前からディエンスも寄せてきていたので「撃っちゃえ」という感覚でダイレクト・ボレーをしたらそれが綺麗に入って、決勝ゴールになりました。おそらくそれで半年契約を延長でき、翌05シーズンの日本人トップとなる17ゴールにつながってくれました。
たかが1本のシュートやゴールだけど、その結果が人生を左右する力を持つこと。その1本のゴールを奪うために何万本もシュートを打つこと。そのあたりを指導者となった今、若い選手にうまく伝えることができれば、と願っています。
 

海外挑戦で改めて知った 1本のゴールの大きさと尊さ

日本でのプレーを終えたあと、一度、外から日本のサッカーを観たくてインドリーグに移籍しました。
そこで気付かされたのは「やっぱりゴールだな」ということです。おそらく僕はインドリーグの中でも技術を持っていたほうだったと思います。日本人の技術レベルは世界的に見て高いところにある、ともよく言われてますよね。
でも、やっぱり海を渡るとゴールがすべて。どんなにいい突破をしても、どんなに走ってチームに貢献しても、1本のゴールにはかないません。実際にインドで点を決めるとたくさんのサポーターが声をかけてくれ、サッカーってやはりゴールがもっとも評価されるスポーツなんだな、と再確認しました。
また、様々な民族や人種とサッカーができて、日本人の気質にも気付きました。日本人は相手を思いやることができる素晴らしい民族だと誇っています。でも、サッカーにおいてはそれが足を引っ張ってることがどうしてもあると思います。
例えば甲府で一緒にプレーしていたバレーなんかは、目の前に何人のディフェンダーがいようと、角度が厳しくても、ほぼすべての場面で自分で撃ちにいっていました。「パス出せよ」と主張したこともありますが、彼はあんまり聞かなかったですね。
でも、それは実はとてもいいことで、僕は「バレーだから撃つだろうな。こぼれ球に反応できるようにしておこう」と準備ができる。彼のシュートが起点のこぼれ球も何本か決めました。それもやっぱりシュートありきですから。撃たないと何も起こりません。当たり前のことだけど、これを本質的に理解していないとストライカーにはなれない気がします。
 

Tre2030 Striker Project始動! 「うまい選手より怖い選手に」

この春、2030年W杯で日本人初の得点王を生むためのプロジェクト「Tre2030 Striker Project」を立ち上げ、同時にアカデミーも開始しました。チームを作るわけではなく、プライベートレッスン、グループレッスンを通じてストライカーを養成できればと思っています。ストライカーに特化したクリニックは世界でも初めてかもしれません。
現在のサッカーはどうしてもMF主導で、いい選手は中盤に集まりがちです。でも、そもそもサッカーは点取りゲームですから、ストライカーの強化はすべての強化につながると僕は信じています。前にいい選手がいれば、それを止めるためにいるGKは伸びるし、ディフェンスも工夫してプレーするようになります。ストライカーにいいボールを供給するためにパサーも育つ。FWの動き出しに全体が合わせるようなサッカーを目指しています。
そのために、アカデミーの選手に「うまい選手より怖い選手になろう」と、必ず言います。まずゴールに意識を向けること、シュートの意識を持つことをゴールデン・エイジのうちに身につけてほしい。同じキックフェイントでもゴールを強く意識している選手のそれは怖いし、逆にどんなにテクニックがあってもシュートを打たない選手はそれほど怖くない。
そういうゴールを狙うメンタルを備えてもらうと同時に、技術的な部分、ボールへの力の伝え方であったり、目の前のディフェンダーから横に弾けて逃げるようなステップも指導しています。詳しくはぜひ、アカデミーにいらして体験してください。よろしくお願いします。
 
 

長谷川 太郎が選んだベスト11

大好きなストライカーベスト11

全員、サイズは決して大きくないんですけど、駆け引きでゴールするようなストライカーですね。ボールの持ち方とかポジジョンの取り方とか必ず自分のパターンを持っています。
日本人2トップは動き出しの質が高く、ボールの呼び込み方がうまい。こういうストライカーが増えれば出し手もどんどん成長すると思うので、彼らのような選手をアカデミーで育てていきたいと思っています。
 
フォーメーション:4-4-2
監督:ペレ(サントスFC)
()内はもっとも得点を挙げた所属チーム
 
GK
フィリッポ・インザーギ(ACミラン)
DF(右から、以下同じ)
ラウル・ゴンサレス(レアル・マドリード)、サルヴァトーレ・スキラッチ(メッシーナ)、マイケル・オーウェン(リバプール)、ロナウド(レアル・マドリード)
MF
ダヴィド・ビジャ(バレンシア)、ロマーリオ(ヴァスコ・ダ・ガマ)、ロベルト・バッジョ(ユベントス)、エジウソン(柏レイソル)
FW
大黒将志(ガンバ大阪)、佐藤寿人(サンフレッチェ広島)
 

長谷川 太郎 プロフィール

長谷川 太郎(ハセガワ タロウ)

長谷川 太郎プロフィール

1979年東京都出身。柏ユースから98年にトップに昇格し18歳でJデビューを飾る。02年に新潟へ、03年には甲府へ移籍。05年シーズンにはJ2日本人最多の17ゴールを挙げ、甲府のクラブ史上初となるJ1昇格の原動力に。その後、徳島、横浜FCを経て、09年からはニューウェーブ北九州(現ギラヴァンツ)でプレー。ここでも同クラブのJ昇格に貢献した。11年からは浦安JSC(現ブリオベッカ)でプレーしつつ海外移籍の準備を重ね、14年にインドリーグ1部のモハメダンSCに入団。3ゴールを記録した。14年末に引退を発表し、2030年W杯で得点王を生むためのプロジェクト「Tre2030 Striker Project」を立ち上げ活動している。詳しくはhttp://tre2030.com/
 

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